なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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仏印進駐時

投稿者: chonkanchigaiyarodomo 投稿日時: 2003/03/04 14:58 投稿番号: [121681 / 203793]
>仏印政府と日本が協定を結び、「同居」する形となりましたよね。

  多くは平和的な進駐になったのですが、場所によっては戦闘もありました。
  ちょっとソースを失念したのですが、
  日本軍の進駐を認めない6000名のフランス軍に対して、たった3名の日本軍騎兵隊が突撃して、これを打ち破った事件があったそうです。
  これを見ていたベトナム人は驚愕し、日本軍に対して「是非とも民族独立のために協力してほしい。」と頼んだのですが、仏と共同統治することになった日本軍は断ったそうです。

>日本軍が仏印軍に対して強制武装解除を行い、ベトナムの保大帝に独立を宣言させましたね。

  これはおそらく、ドイツの敗戦に伴いフランスが敵国になったためでしょう。

  日本軍は敗戦後、一時フランス軍の傭兵になったのですが、ホーチミンやボーグェンザップに説得され、ベトナム民主共和国軍の軍事顧問となり、クァンガイに陸軍士官学校を設立し、精強な職業軍人を養成しました。

  ベトナム人には、たった3名で6000人のフランス兵を蹴散らした勇猛な日本兵に対する印象が強烈だったようです。

  クァンガイの陸軍士官学校で鍛えられたベトナム兵が、ディエンビェンフーの戦いでフランス軍を殲滅し、後に北ベトナム軍としてアメリカ軍と華々しく戦うこととなったのです。

  なぜ反共教育を受けた旧帝国陸軍将士が共産主義者のホーチミンに協力したのかよくわかりませんが、

  日本は亜細亜の解放を標榜していたにもかかわらず、日仏共同統治時代にベトナム人の独立を認めなかったことに対する「負い目」や、「反共」よりも「亜細亜解放」の方がより強く日本兵の心を捕らえたことなどが考えられます。

  確かフィリピンでも同じ事がありましたね。
  旧帝国陸軍の兵士2人がフィリピン共産党とともに反米を旗印に40年間戦い続け、政権側と共産党が和解した際にようやく降伏し、日本に帰ってきました。
  二人とも70歳を過ぎた老人でした。

  終戦当時はどこの国でも義勇兵となった元日本兵の物語があちこちで「神話」のように語り継がれています。
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