なぜ韓国人は、嫌われるのか?

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千と千尋は、

投稿者: sora_ni_kiss 投稿日時: 2003/02/15 09:14 投稿番号: [118178 / 203793]
>『親はなくても子は育つ』でどうでしょうか。

そう一言で表現すべき作品ではないのです。宮崎監督自身、インタビューの中で「この作品は、成長物語ではない」と言い切っていますし、千尋が親元に戻って母親に寄り添って暗闇を歩くときのさまは冒頭のシーンと同じく、やはり「親に甘えて」いるのです。このことが、千尋はやはり無口で怖がりで変化を求めない、ただの子供であることから一歩も踏み出していない、つまり成長はしていないという点を示します。
ではこの作品が何を言いたかったのかというと、人間の持つ可能性ではないでしょうか?宮崎監督は過去作も含め、映画の公開前から作品のターゲットを決めています。今回は小学生高学年から中学生の子供に向けた作品です。こうやってターゲットを決めた後は、他の世代のことなど何も考えないのが宮崎監督のすごい?ところだと思います。大衆に媚を売る作品でなく、あくまでターゲットとした世代への意思表示に重きをおきます。このことが、違う世代からは受け入れがたい作品になる場合もあり、大衆に受けないという結論になります。宮崎監督が映画賞を目指さない性格であることは、今回のアカデミー賞へのノミネートで全く関心を寄せなかったことでも有名ですが、実はこういった、大衆に評価される賞というのは宮崎監督の作品には当てはまらないからだと私は考えます。
では、千と千尋は何を訴えたかったかというと、一言で表すのは難しいです。監督自体、いろんな含みがあることを認めていて、その答えは実につれない。「勝手に想像してもらって結構です」と言い切っています。ただ一点挙げるとすれば、自分に自信が持てず、将来にも不安を感じている今の子供たちに「君達も千尋のような境遇に遭遇したら、同じような活躍が出来る可能性をもっているんだよ。君達の存在は、君達自身が見るよりよほど大きくて、想像も出来ないものなんだ」と子供たちの可能性に訴えかけているのです。ただ、今の裕福な生活のなかで、その可能性が開花していないだけだと。それを証明するように、現実世界ではぱっとしなくて、ちょっとふくれっつらでやる気のない少女が自分一人で結果を求められたとき、見事にそれをやり遂げ、再び現実の世界に戻ったときはなんのことはない、普通の少女に戻ってしまった。銭婆からもらった紫色に輝く髪結が現実世界に戻った千尋にちゃんとついていたのは、「全部普通に戻ってしまっては悲しい」との監督の配慮からでした。
こういった、いろんな監督やスタッフのメッセージが詰まった作品、それが千と千尋なのだと思います。
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