あほチョンはこれも勉強せにゃいかんな
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2003/01/23 17:36 投稿番号: [113725 / 203793]
最初は半信半疑だったインド兵たちも、F機関員たちが敗残兵である自分たちを差別することなく、一緒のテーブルを囲んで、食事をする事に驚きを隠せませんでした。イギリス軍にいたときは、仲間同士であるはずのイギリス人兵士とインド人兵士が同じ部屋で食事をすることすら考えられなかったのです。
さらに藤原機関長は、日本軍が占領したマレー半島の治安維持を、なんと投降してきたばかりの、彼らインド人捕虜に任せたのです。先程まで、敵味方に別れて戦っていた自分たちを、全面的に信頼してくれている…、この申し出にインド人兵士は驚くと同時に、大変感動したといいます。
降伏してきたインド人兵士たちは、率先して日本軍の先頭に立ち、次々と同胞に降伏を呼びかけてゆきました。こうして、投降インド兵の数は、どんどんふくれあがり、最終的には5万人というインド兵が、イギリス軍を裏切って投降してきたのです。
そして、ついにボースは、彼の到着を待つ1万5千名のインド国民軍兵士の前に姿を現します。1943(昭和18)年7月5日のことでした。
この日、彼はインド国民軍兵士たちに向かって、2時間近くにおよぶ大演説をおこないました。「同志諸君!兵士諸君!諸君の合言葉は『デリーへ!デリーへ!』である。われわれの任務は、イギリス帝国最後の墓場、古都デリーのラール・キラに入城式をおこなう日までは終わらないのである。…われわれはこれより、デリーに向かって進軍する。チェロ・デリー!(征け、デリーへ!)チェロ・デリー!(征け、デリーへ!)」
ボースがこう叫んだとき、国民軍兵士ばかりでなく、この演説を見に来ていた、2万のインド民衆も、声をそろえて「チェロ・デリー!チェロ・デリー!」と唱和し、その場の熱狂は最高潮に達しました。
この翌月、8月1日には日本によって、ビルマが独立を達成し、バー・モウが首相に就任しました。(詳しくはビルマ編を参照。)ボースはこの独立祝典に出席し、同じくイギリスの圧政に苦しめられていたビルマ民衆の万歳の声を聞き、日本が独立の約束を果たしたことに感銘を受けました。イギリスはインドと交わした約束を何度も破ってきたからです。第一次大戦の時にも、インドに自治を許すという餌をまいて、イギリスへの戦争協力を強いておきながら、まったく果たされませんでした。その苦い経験を振り返りつつ、眼前で歓呼するビルマ民衆の姿に、ボースは近い将来のインド民衆の姿を重ね合わせていました
悪
これは メッセージ 113724 (shinkuuboakagi555 さん)への返信です.
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