れ>シンガポールは
投稿者: shinkuuboakagi555 投稿日時: 2003/01/23 01:31 投稿番号: [113670 / 203793]
>私が東南アジアで論議した人間の数は20人を超えますが、中国系は半分位ですね。
私は逆にマレー系の人間〈インドネシア人も含めて)とは無数に話してますが、逆に華僑とは昔話はあまりしないですね。
>マレー系でさえも反感を持っている人の方が多いようです。というのも日本統治時代に経済面でうまみを持った人間が殆どいないからです。
戦後58年ですが、当時経済的うんぬんという具合に、経済に関係している人間がいまも生きていたとすると、90,100歳に近いのではないですか。何歳くらいのひとですか。
当時のマレー人はイギリス人、華僑の使用人ですよ、全員。「経営者」などひとりもいませんよ。当時のマレー人の暮らし振りを追体験しようとおもえば、金子光晴の「マレー蘭印紀行」、「どくろ杯」、「西ひがし」や、戸川幸夫の「昭南物語」などがありますね。
当時、マレー人がどんな生活をしていたかは結構垣間見れますよ。
>なぜ負けたのかを反省もせずに、「日本の戦争は正義だった。」等と言ったところで、馬鹿にされるのが落ちです。
ここはまちがいですね。純軍事的な問題いでしょう。鉱工業生産量だけを比較しても、概略、対アメリカだけでも、1対30ですからね。鉄鋼生産量は1対13です。飛行機は1対4です。林房雄流に言えば、よくやった、ではないですか。(戦時生産力等の表は秦郁彦・実録太平洋戦争・光風社出版)
果たして西欧が勝ったかどうか。勝ったなら、「西欧の植民地喪失と日本」(カウスブルック・草思社〉などは書かれませんよ。
西欧が植民地を失ったことでいかに日本を恨んでいるかはこの本がうまく書いています。
日本がパトスにかられて、西欧の秩序をひっかきまわしたから、西欧は東南アジアからでていったのですよ。果たして、欧米の勝ちといえるかどうか。
オランダは戦後一ヶ月もすると再びインドネシアを植民地にするために、軍隊をおくりましたよ。イギリスの力まで借りて。
そのとき起こった衝突が「スラバヤ戦争」です。このとき、インドネシア人は主に竹やりで戦いました。
この途中の経過が、映画「ムルデカ」に出てくる「隊長、武器を連合軍に渡すのなら、我々インドネシア人にわたしてください。我々は竹やりでオランダ軍やイギリス軍と戦っています。仲間たくさん死んだ。日本はインドネシア人の部隊を作って鍛えてくれた。われわれをみすてるのですか」というシーンですね。
これは メッセージ 113668 (cv_zuikaku さん)への返信です.
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