戦争責任問う声にも逆らう異常さ
投稿者: it_no1_corea_well 投稿日時: 2003/01/15 14:29 投稿番号: [112494 / 203793]
首相在任中の八月十五日に靖国神社を参拝したのは、一九七五年の三木武夫首相以来、小泉純一郎首相(直前に十三日に変更)で五人目です。しかし、九〇年代以降、従軍慰安婦問題などを契機に日本の戦争責任を問う内外のきびしい批判がいちだんと高まるなか、それにさからうように連続三年、参拝を強行したところに小泉首相の異常さが表れています。
中国、朝鮮をはじめ近隣諸国民二千万人、日本国民三百万人が犠牲となったアジア・太平洋戦争。その精神的支柱となった靖国神社に参拝することは、戦後半世紀以上たつにもかかわらず、侵略戦争への無反省を天下にさらす恥ずべき行動です。
同時に、参拝に固執しつつ小手先の批判かわしを弄(ろう)するのも小泉参拝の特徴です。
一回目がおととし、八月十五日をはずし、突然の十三日でした。二回目の去年は春季例大祭に合わせて四月二十一日でした。
その一方で首相は、「内外の人々が追悼の誠をささげるにはどうすればいいか議論する必要がある」との立場から、新しい追悼施設について福田官房長官の私的諮問機関、いわゆる追悼懇に検討させました。
ところが、「靖国に代わる追悼施設」などとんでもないと右翼勢力から猛反発にあうと、首相は一転、新施設がどうあろうと自分は靖国参拝を続ける、と言い出したのです。
はしごをはずされたかっこうの追悼懇は、半年以上も開店休業状態のあげく昨年末、そそくさと“靖国と新施設との両立は可能”とする報告書をまとめ幕を引きました。
歴史の事実をありのままに認めようとせず、問題を追悼施設のあり方にすりかえ、その時々の声の大きい方になびく無節操な態度はきわだっています。
首相の靖国参拝は、アジア諸国民、政府からも猛反発を受け、昨年、「参拝中止」を求める中国への訪問をとりやめざるをえませんでした。外交にも支障をきたしています。ふたたびアジアからの孤立の道です。
小泉首相は参拝の理由を、「心ならずも戦場で命を失わねばならなかった方々への哀悼の念と、二度と戦争を起こさない気持ちをささげる」のだと説明してきました。十四日もそう繰り返しました。
そのことばに偽りがないのなら、眼前の戦争、アメリカが引き起こそうとしているイラクへの攻撃に、きぜんと反対すべきです。有事法制など論外です。
侵略戦争への痛苦の反省の上に「戦争放棄」を明記した憲法をもつ日本の首相なら、それは当然の態度です。
それすらせずに「哀悼」や「不戦」を言いつのるのは、戦争犠牲者への冒涜(ぼうとく)というものです。
これは メッセージ 112492 (pup_pooh_one さん)への返信です.
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