>>語源は違うらしい
投稿者: kamisanga3 投稿日時: 2002/12/05 22:43 投稿番号: [103627 / 203793]
一考
>「ちょん」というのは、「おろかもの」というれっきとした日本語で、江戸時代からあったものと思われる。
>広辞苑には、仮名垣魯文の西洋道中膝栗毛から、「仮染にも亭主にむかって …ばかだの、ちょんだの、野呂間だのと」という用例を引いている。西洋道中膝栗毛は1870 (明治3年) から数年にわたって書かれた小説であるが、この用例で、「ばか」、「ちょん」、「のろま」と並列になっていることからも本来の意味で使われていることは明らかである。
(主として日本語の語源に関する議論:チョンは朝鮮・韓国の差別語か)
http://sunak2.cs.shinshu-u.ac.jp/~nakano/misc/lang35.htmlもう一考
>差別語を「なくそう」とする限り、その行動は言葉のデリカシー要求運動に収斂していくしかない。差別語は、「如何に向き合う」か、それが問題だ。
http://www.kyoto-su.ac.jp/~nadamoto/work/199601.htm差
別
語:『思想の科学』532号、思想の科学社、1996年1月:灘
本
昌
久
思うのですが、言葉は生きており、その時代時代の要求により意味も変っていきます。現代に生きる日本人が、”JAP”と言われた所で、派生の背景を知ら無ければ、侮蔑用語になり得ません。
「ちょんの間」は朝鮮人が居る売春宿を表しません。
「丸書いてちょん」は、朝鮮人を丸く書く事ではありません。
因みに、名字が「ちょん」さんの事を、なんと呼べば良いのでしょうかね?
”猿”だの”豚足”だの言われても、ピンと来ない人が居るように、あちらがわも、そうなのかもしれませんよ。
逆に
>もっと冷静に話し合えないものでしょうか?
認定してるのは、あなたでは?
これは メッセージ 103424 (fukuokanainai さん)への返信です.
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