Re: >「市民」
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/03/14 21:27 投稿番号: [848 / 7922]
自己レスですが、こういう文がありました。
小田(引用者註:小田実)は「市民」という語句を多用する。ベ平連の正式名称も「ベトナムに平和を!
市民連合」である。べ平連のあと、日本には「市民運動」と称する政治運動が簇生して今日に至っているが、ではその「市民」という概念は何なのだろうか。小田が『歴史の転換のなかで』で書いているところによれば、「チマタの人々」であり、さらに中国の文化大革命に立ち上がったのも「市民」であるとして、
「ここで私の言う『市民』とは、階級構成においてそれがプチブルジョアジーであるとか、都会の住民であるとか、そういうことにはかかわりのない言い方です。たとえて言ってみれば、フランス革命に際して、あるいは『パリ・コンミューン』のたたかいにさいして、参加者がおたがいに『市民(ルビ:シトワイヤン)』と呼び合った、その意味においての『市民』で、階級構成から言ってもなかにはプチブルもいれば労働者もいた。農民だっていた。自由、平等、民主主義、基本的人権、自決、独立・・・・・・というような『市民』の基本原理、価値、原理を自まえのものとしてもって抑圧にたちむかう一事において一致していた――」
と説明している。となると権力者や資本家といった「支配階級」以外の人々ということになり、「庶民」とかあるいは「人民」と言っても同じということになる。それをこと新しく「市民」と言い換えているのは、そのほうがなんとなく新しさが感じられ、ハイカラに聞こえるからだろう。
もっとも、小田が前掲文の後半で力説しているように、「市民」たる資格は、小田の述べているような諸権利を声高に戦闘的に主張することにあるらしく、それはその後の「市民運動」の「市民」のイメージにぴったり当てはまる。
(「悪魔祓い」の戦後史
稲垣武
文春文庫)
私は、「市民」と聞くと眉につばをつける癖がついています。(苦笑)
これは メッセージ 840 (toapanlang さん)への返信です.
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