新羅が日本本土攻撃しなかった理由 !
投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/10/02 08:43 投稿番号: [2213 / 3669]
「戦争の発見〜韓国古代史の再構成のために」
李ヒジン著/336ページ/1万2000ウォン/東アジア
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李成茂国史編纂委員長の息子で古代戦争史で博士号を取った著者の李ヒジン氏(41)は、戦争というゲームの論理で、韓国の古代三国時代の歴史を再構成する。
これは三国時代の歴史について、従来の政治史中心の歴史解釈とはまた違う緊張感を与えてくれる。
「朱蒙や李成桂のような国家の始祖らが弓の名手だったというのは重要な意味をもっている。朝鮮半島の戦争史を見ると、大活躍をした将軍は弓の名手でもあった。アーチェリーなど弓でやるものなら、韓国人が五輪を始め、多くの大会を席巻しているのも偶然ではない」
著者はこのような知識をもとに、新羅が日本(倭)から数百年間攻撃を受けながらも、日本の本土攻撃に出なかった理由や広開土王が新羅と協力し、倭軍を撃退しながら5万という大軍を動員したことに対し、軍事的解釈も加えている。
新羅が日本本土に反撃をしなかった理由は、当時日本は古代国家が成立する前だったので、征服するほどの国家的実体がなかったうえ、征服するとしても、高句麗と百済の牽制のため、これを維持することが難しかったためだという説明だ。
広開土王が5万の大軍を動員したことも、倭を狙ったのではなく、百済ー伽耶ー倭連盟を一挙に崩壊させるための戦略だった。新羅に対しても海上での戦術しか展開できなかった倭は、百済の近肖古王の主導の下、伽耶連盟と倭を結ぶ任那同盟に加入しながら、伽耶という陸上拠点を獲得、これを土台に新羅を攻撃することが可能になったという分析だ。戸惑った新羅は高句麗に助けを求めて、広開土王はこの機会を利用し、北部戦線から大兵力を動員して速戦速決で倭軍を撃退し、一挙に任那連盟を無力化させた。
東亜日報電子版より 2004 10 2
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2004100279348
これは メッセージ 1 (violla_21 さん)への返信です.
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