朝鮮通信使と相島の友好 後世に
投稿者: ryuhej_sprite 投稿日時: 2009/03/23 11:09 投稿番号: [2432 / 2503]
朝鮮通信使と相島の友好
後世に
史実刻んだ石碑を設置
福津・慶州文化親善交流会
「先祖の交流手本に」
福津市
3月18日7時7分配信 西日本新聞
江戸時代、朝鮮国王が日本に派遣した外交使節団「朝鮮通信使」の宿泊地・相島(新宮町)の史実を記した石碑が、島を望む福津市津屋崎の海岸に登場した。設置した「福津・慶州文化親善交流会」(金光烈(キムグァンヨル)会長)は「相島が日韓両国の平和外交を象徴する島だったことを多くの人に知らせたい」としている。
江戸時代の朝鮮通信使は、主に幕府の将軍就任を祝賀するため、1607(慶長12)年から1811(文化8)年までに計12回派遣された。そのうち、福岡藩が客館を整備した相島には11回来島。藩主をはじめ、津屋崎や新宮からも大勢が島に渡り接待し、帰国の際には50品目を超える食料や物資を渡すなど丁重にもてなしたという。
石碑は御影石で、縦90センチ、横150センチ、高さ50センチ。市の許可を得て、沖合に浮かぶ相島が見える浜辺に110万円をかけて設置した。碑文には相島を「日韓平和交流の永遠のシンボルとして皆で守るべき日本の宝島」と記している。
金会長は「先祖が行った真心の交流を手本に、友好的な日韓交流を継承していきたい」。吉田晃副会長も「石碑を通して相島であった日韓交流の歴史を再認識してもらいたい」と期待を込めた。
=2009/03/18付 西日本新聞朝刊=
これは メッセージ 1 (korean_tiger2003 さん)への返信です.
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