★朝鮮通信使ブーム、再び!!

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Re: Re: 呉、江戸時代の趣

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/10/31 09:40 投稿番号: [1552 / 2503]
リチャード・コックス(Richard Cocks1623年の閉館まで平戸のイギリス商館長)の日記には、「ある人々(それは庶民であるが)は、彼ら(朝鮮通信使)が来たのは臣従の礼を表し、貢物を献上するためで、もしそうしないと皇帝(将軍)は再び彼らに対して戦争を仕掛けたであろうと噂している」1617年8月31日の記述。庶民まで朝鮮通信使を朝貢使とする見方は、既に1617年の第2次朝鮮通信使の来日頃にはあり、それは、神功皇后の三韓征伐や秀吉の朝鮮出兵と結びつきながら、一般向けの書物を通して庶民の間に急速に広まったためである。

朝鮮通信使、金仁謙の日東壮遊歌
1761年、江戸幕府の9代将軍徳川家重が没し、将軍の襲職を祝うために恒例の朝鮮通信使が招聘された。   この第11次の朝鮮通信使に、書記官として随行した金仁謙は、その時の日本への長旅の記録を「日東壮遊歌」と題して書き残した。  
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=2617645
100万軒はあると思われる家の全ては「瓦の屋根」だ。
凄い。大阪の富豪の家は「朝鮮の最大の豪邸」の10倍以上の広さで、銅の屋根で、黄金の内装である。この贅沢さは異常だ。都市の大きさは約40kmもあり、その全てが繁栄している。信じられない。中国の伝説に出てくる楽園とは、本当は大阪の事だった。世界に、このように素晴らしい都市が他にあるとは思えない。ソウルの繁華街の10000倍の発展だ。
北京を見た通訳が通信使にいるが、「北京の繁栄も大阪には負ける」と言っている。

それに引き換え

4人の外国人が見た併合前の朝鮮

イザベラ・バード:1894年始めてソウルを訪れたバードはソウルについて次のように述べている。58−60頁

「北京を見るまで私はソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだと考えていた。都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず…」

「こういった溝に隣接する家屋は一般に軒の深い藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えず、ときおり屋根のすぐ下に紙をはった小さな窓があって人間の住まいだと言うことが分かる。又溝から2,3フィートの高さに黒ずんだ煙穴がきまってあり、これは家の中を暖めるとと言う役目を果たした煙と熱風の吐き出し口である。」

「瓦屋根の反り返った上流階級の家屋でも、通りから見た体裁の悪さと言う点ではなんら変わりがない
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html

そりゃあ日本の都市を見ればびっくりして羨ましくもなるさ。
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