Re: 歴史をちゃんと調べた?
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/09/20 12:34 投稿番号: [1387 / 2503]
江戸時代の最初の頃の朝鮮通信使は、秀吉の朝鮮征伐の戦利品として連れ帰った朝鮮人の返還のためで、結果、儒学者は朝鮮に戻ったが陶工等の職人達は、儒教思想で蔑視される朝鮮に戻ることを許否し、日本に残留した。
日本に来て初めて彼ら職人の仕事が評価され、蔑視されることも無く逆に尊重されたのだから日本は天国と思ったようだ。それに引き換え朝鮮では金も満足に貰えぬ地獄。
ところが、文明人と自称する朝鮮人通信使等は鶏だけでなく犬猫も盗み、庶民にぼこ殴りされている。又、旅宿の布団なども盗んで庶民からもバカにされた。
で、朝鮮通信使の行列は庶民にとり面白かったので皆見物したというのが実情。日本とは異なる衣装や色使いが新鮮ということではなく、ダサく見えたのであろう。
朝鮮通信使の風俗が庶民の服装など生活に影響を与えていないのがその表れ。
徳川幕府の思惑は、参勤交代と同様に朝鮮通信使の経費を大名等に負担させることで大名が戦力的財力を蓄えることを阻止するためであった。
一方、徳川5代将軍までは徳川の意に添わぬ大名等の取り潰しが130家以上あり大名等は幕府によく思われようと競って必要以上の歓待をした。
本来なら帰還事業解決すれば朝鮮通信使など来ても余り意味ないが、逆に朝鮮側が物資豊かな日本で普段食えない食物や酒をふんだんに与えられ、いいものをお土産に貰うことに味をしめてその後も続けたといえる。
ま、貧乏な津島藩も朝鮮との交易で潤う部分があるから必死になって通信使事業を進めた側面がある。
庶民としては、通信使をきっかけに朝鮮人の格好をして楽しむ祭りを作ったのが真相だろう。国対国の友好なんて意識は当時の庶民にあるはずも無いしね。
これは メッセージ 1385 (e_suga_00 さん)への返信です.
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