鈴木伝蔵の悲劇と日本人の性格
投稿者: llluruurulll 投稿日時: 2007/04/30 23:01 投稿番号: [1214 / 2503]
フランシスコ・ザビエルは、次のように述べています。
彼らは恥辱や嘲笑を黙って忍んでいることをしない。平民が武士に対して最高の敬意を捧げるのと同様に、武士はまた領主に奉仕することを非常に自慢し、領主に平身低頭している。これは主君に逆らうことが自分の名誉の否定だと考えているからであるらしい。日本人の生活には節度がある。ただ飲むことに於いて、いくらか過ぐる国民である。彼らは米から取った酒を飲む。葡萄はここには無いからである。博打は大いなる不名誉と考えているから一切しない。何故かと言えば、博打は自分の物でない物を望み、次には盗人になる危険があるからである。彼らは宣誓によって、自己の言葉の裏付けをすることは希である。宣誓するときには、太陽に由っている。住民の大部分は読むことも書くこともできる。これは、祈りや神のことを短時間で学ぶための頗る有利な点である。日本人は妻を一人しか持っていない。窃盗は極めて希である。死刑をもって処罰されるからである。彼らは盗みの悪を非常に憎んでいる。大変心の善い国民で、交わり且つ学ぶことを好む。
http://www.page.sannet.ne.jp/gutoku2/kirisutokyou1.html鈴木伝蔵の悲劇は、恥辱と盗みを憎む日本人の性格からして、
起きるべくして起きたと言えましょう。
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