「三国史記」
投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2012/09/19 23:47 投稿番号: [5043 / 5950]
には、近親婚の他にも、日本人はもとより、韓国人も殆ど知らない歴史が載っている。中でも日本人がへ〜と思うのは<献女外交>だ。日本の朝鮮史学者が滅多に触れようとしない話だ。
新羅は唐に通じるや、国中から美女を選び、唐の皇帝に貢ぎ物として贈ったのだ。
「新羅本紀」に最初に出てくるのは、眞平王53年(631年)だ。
「秋七月、遣使大唐献美女二人」<大唐に使いを出し、唐の太宗に美女二人を差し上げた>とある。
ところが、太宗の側近に賢臣がいた。その言に従い、太宗は「村から献ぜられてきたオウムですら、寒さに苦しみ、泣きながら国に帰りたがっている。二人の女は遠くから親族と別れてきたのでは、なおさらだろう」と言い、二人を送り返してきた。
高句麗も646年、唐に使者を出して謝罪するとともに、美女二人を太宗に献じた。この時も太宗は、新羅に対するのと同様の理由をつけて、美女二人を送り返した(「高句麗本紀」宝臧王5年)。
南も北も、<献女外交>をしていたのだ。
「日韓がタブーにする半島の歴史」室谷克実・新潮新書
こんなのばっか。我々朝鮮人って、昔から中国様に女をプレゼントするの好きだったんだな〜。
このお家芸が連綿と近代まで引き継がれ、朝鮮人従軍慰安婦としてマン開したのだ。
慰安婦集めの陰には、朝鮮人女衒諸君の大活躍があったことが容易に想像できる。
これは メッセージ 5029 (ちょん大好き さん)への返信です.
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