自己愛の変形では?
投稿者: tsumi7 投稿日時: 2012/01/06 01:30 投稿番号: [1689 / 5950]
自分が好きだから、自分の国も愛すってことだと思うんですよね。
愛国心ってのは、深く突き詰めると、また別の理由も
出てくるかもしれないけれど、そのようなものではないかと思っています。
涙する方々は、自分のことが基本的にお好きで、(まあ、人間人生に疲れている、いろいろな悩みがあるとかいっても究極的には自分が好きなのです)
この、いろいろとしいたげられている(?なんですけど)日本で、
日本に代わって自分のあり場所を求めるとしたら、それが、
不良国家といわれている北朝鮮でも、少しの美化を加えれば、
精神的な支柱(究極、うわべだけの、自分が自然と合理化している、自分でも仮の支柱だとわかっているそのような支柱)に
なりうるわけで、その支柱の国である、代表者が亡くなったのだから、
自分の世界が欠けた様な気がして涙が出てくるのかな、、と
推察します。
北半球において、あれだけの飢餓、アメリカに対抗するためとはいえ、
日本を飛び越え大砲をぶっぱなし、つい最近では何の罪もない
韓国の島に大砲をぶっぱなす、国、、
人道的な見地からみれば、とうてい支柱とはしがたい国であるのに、
それをも乗り越え(この、日本で生活していながら、、)
泣ける神経、、というのは私にはとうてい想像がつきません。
愛国心とはそのようなものなのでしょうか、、
自己愛というのは、究極的にわがままなものであるゆえ、
そのような国でも祖国であるという感情のほうが北朝鮮の
もろもろの問題点に打ち勝つと見えます。
というようなわけで、自分が好きだから、北朝鮮も好き?というか
まあ、そのようなものではないでしょうか。
あれだけの人数をこの現代において、飢え死にさせている、という時点で
私はアウトです。それに、共産主義なんてものではない。
独裁政権と儒教的な父親概念と、共産主義がごちゃまぜになった、
キム一族のためのお国なだけです。
抗日の闘士が祖国の建国者である、というプライドのよりどころも
人民を飢え死にさせている時点でアウトです。
これは メッセージ 1660 (edozaijyu さん)への返信です.
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