創氏と私
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/08/17 22:21 投稿番号: [9407 / 19672]
創氏改名は本人の自由意志であり、決して強制ではありませんでした。
戦後に朝鮮名に戻ったのは、敗戦国の日本名だと都合が悪いので自分たちは日本人ではないと言いたかったのでしょう。
つまり、日本を裏切ったという事になりますね。
「創氏と私」
著者:李光洙(イ・グヮンス)
我々の在来の姓名は、支那を崇拝していた祖先の遺物である。/今我々は日本帝国の臣民である。支那人と混同される姓名を持つよりも、日本人と混同される姓名を持つのが自然だと信ずる。
(中略)
これから徐々にわが朝鮮人の氏名が国語で呼ばれる機会が多くなって行くだろう。そのような時に李光洙よりも香山光郎の方がはるかに便利だ。又満州や東京大阪等に住んでいる同胞が、日本式の名をもつことは、実生活の上で、多くの便宜をもつだろう。
「半島風習のその祖国への合理的発展的帰還を論すの言」
金文輯
月日がたつにつれ(日本と韓国は)こんなにお互い違ってきたのです。食べ物も、言葉も、着物も、名前のつけ方も、これは私たちが支那をあまりに崇拝した関係もあるのですが、とにかく悔しくてならないことは、その名前のつけ方まで支那のまねをしたということです。したがって、創氏改名、つまり朝鮮人が内地人(日本人)流に氏名をつけるということは自分達の祖先の清風に従うことなんだ。中国の模倣を脱して、古代の朝鮮に帰ることなんだ。ただ単に太古に帰るのみではなく、今日の内地(日本)の一切の風習に向かって、自発的に勇敢に帰還することことによつて、進んで祖国に栄光をあらしめ、ひいては我らの子孫の易きに置くことができる。ならば、創氏改名するに何のためらうことがあるだろうか。
これは メッセージ 1 (ricky_eto さん)への返信です.
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