>白衣
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/06/08 10:00 投稿番号: [6648 / 19672]
>白を着させられていたのは白丁と認識していたのですが、違うのですか?
(朝鮮総連の民族文化のサイトで、ちょっと身分が上がると青を身につけていた、と書いてあったもんで。)
元ネタ的には、ご承知かと思いますが良家の子弟=面堂終太郎(白い学ラン)です。
まじめに考えますと、『コリアの不思議世界』(野崎充彦)にこのような記述がありました。
>高麗第二十五代の忠烈王元年(一二七五)の時のこと、ある臣下の上奏により、突然、白衣の着用が禁止されるのですが、それは次のような理由に基づくものでした。
「東方は木位。色はまさに青を尚ぶべし。しかるに白は金の色なり・・・・・・木の金に制せられる象なり。請う、白色服を禁ぜんことを」(『高麗史』巻八五、刑法二、禁令)
青をつけるべき思想上の理由はこうだったのでしょうかね。染色技術上はどうなのか分かりませんが。
また、同書には次のようにもあります。
>『朝鮮王朝実録』によれば、太祖(在位一三九二〜九八.以下在位)、太宗(一四〇〇〜一八)、世宗(一四一八〜五〇)、燕山君(一四九四〜一五〇六)、仁祖(一六二三〜四九)、顕宗(一六六〇〜七四)、粛宗(一六七五〜一七二〇)、英祖(一七二五〜七六)とほぼ四百年にわたり、断続的に白衣禁止令が出されているのです。これには、中国に倣い、士大夫層の服制を秩序づけようとする狙いがあったようですが、逆にいえば、それほど白衣着用が一般的だったということでしょう。
これは メッセージ 6640 (jgeilsbandfreek さん)への返信です.
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