露出度で見る韓服の変遷
投稿者: wbc_champion2006 投稿日時: 2006/05/29 22:19 投稿番号: [6352 / 19672]
大清国属高麗がこんな煌びやかな民族衣装なんか着れるわけないだろぅ!!
「ヽ」半万年の捏造の歴史に、また新たな捏造が付け加えられたな………。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/29/20060529000043.html
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露出度で見る韓服の変遷
遺跡から出土された朝鮮時代の衣装(韓服)を時期別に復元・再現した「500年ファッションショー」が初めて韓国国内で開かれる。檀国大学の石宙善記念博物館(チョン・ヨンホ館長)は28日、これまで所蔵してきた1万点あまりの出土朝鮮衣装のうち、女性用約60点と男性用約40点を選び、遺物の直接分析や文献・風俗との対照を通じて総合的に再現し、公開した。同博物館ではこれらを来月2日にソウル・グランドハイアットホテルで開くファッションショー「朝鮮時代・韓服の趣と流行」で発表する。
女性の衣装では、16世紀に流行したフリーサイズタイプから、朝鮮末期のボレロ(丈をウエストより短くした上衣)と同じくらい短い女性用チョゴリ(韓服の上衣)までとファッションの移り変わりが見られる。同博物館は服飾史研究の大家・石宙善(ソク・チュソン)先生(1911〜96)を称えるため1981年に開館した。石先生は蝶博士・石宙明(ソク・チュミョン)先生の弟だ。今回再現された衣装は檀国大大学院伝統衣装学科の卒業生が製作した。
◆16世紀(フリーサイズ時代)
丈が長く、身ごろも大きめで誰でも着られるフリーサイズタイプがほとんど。良い生地をふんだんに使い、大きめに作って着るのが身分の誇示や美的な基準になっていたと見られる。
◆17世紀(オーダーメイド時代)
体の寸法を考慮したオーダーメイドタイプが登場する。チョゴリの種類も少なくなり、少量の布で作るなど、実用的になった。身ごろも小さく丈も短くなる。相次ぐ壬辰倭乱(文禄・慶長の役)や清の朝鮮侵略によって経済的に苦しくなったためとの分析もある。
◆18世紀(タイト時代)
中・後期に入り、チマ(韓服のスカート)の腰部分(チマの一番の上で腰に巻きつける部分)が見え、チョゴリが体にぴったりつくようなボディラインがはっきりした服が流行した。「娼妓たちが男に呼びかけるときに着た服が、貴賎を問わず流行していて嘆かわしい」といわれたほどだった。
◆19世紀〜20世紀初め(露出時代)
チョゴリの丈はさらに短くなり、身ごろも小さくなった。19世紀〜20世紀初めには最も短いチョゴリが登場した。チマとチョゴリの間を隠す「胸隠し」が必需品になった。この時期の写真に多く見られる胸を露出した女性たちは胸隠しをしていないためのものだ。
シン・ヒョンジュン記者
※助言=壇国大・朴聖實(パク・ソンシル)教授(文化財委員)、蘭斯伝統服飾文化財研究所イ・ミョンウン責任研究員
朝鮮日報
「ヽ」半万年の捏造の歴史に、また新たな捏造が付け加えられたな………。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/29/20060529000043.html
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露出度で見る韓服の変遷
遺跡から出土された朝鮮時代の衣装(韓服)を時期別に復元・再現した「500年ファッションショー」が初めて韓国国内で開かれる。檀国大学の石宙善記念博物館(チョン・ヨンホ館長)は28日、これまで所蔵してきた1万点あまりの出土朝鮮衣装のうち、女性用約60点と男性用約40点を選び、遺物の直接分析や文献・風俗との対照を通じて総合的に再現し、公開した。同博物館ではこれらを来月2日にソウル・グランドハイアットホテルで開くファッションショー「朝鮮時代・韓服の趣と流行」で発表する。
女性の衣装では、16世紀に流行したフリーサイズタイプから、朝鮮末期のボレロ(丈をウエストより短くした上衣)と同じくらい短い女性用チョゴリ(韓服の上衣)までとファッションの移り変わりが見られる。同博物館は服飾史研究の大家・石宙善(ソク・チュソン)先生(1911〜96)を称えるため1981年に開館した。石先生は蝶博士・石宙明(ソク・チュミョン)先生の弟だ。今回再現された衣装は檀国大大学院伝統衣装学科の卒業生が製作した。
◆16世紀(フリーサイズ時代)
丈が長く、身ごろも大きめで誰でも着られるフリーサイズタイプがほとんど。良い生地をふんだんに使い、大きめに作って着るのが身分の誇示や美的な基準になっていたと見られる。
◆17世紀(オーダーメイド時代)
体の寸法を考慮したオーダーメイドタイプが登場する。チョゴリの種類も少なくなり、少量の布で作るなど、実用的になった。身ごろも小さく丈も短くなる。相次ぐ壬辰倭乱(文禄・慶長の役)や清の朝鮮侵略によって経済的に苦しくなったためとの分析もある。
◆18世紀(タイト時代)
中・後期に入り、チマ(韓服のスカート)の腰部分(チマの一番の上で腰に巻きつける部分)が見え、チョゴリが体にぴったりつくようなボディラインがはっきりした服が流行した。「娼妓たちが男に呼びかけるときに着た服が、貴賎を問わず流行していて嘆かわしい」といわれたほどだった。
◆19世紀〜20世紀初め(露出時代)
チョゴリの丈はさらに短くなり、身ごろも小さくなった。19世紀〜20世紀初めには最も短いチョゴリが登場した。チマとチョゴリの間を隠す「胸隠し」が必需品になった。この時期の写真に多く見られる胸を露出した女性たちは胸隠しをしていないためのものだ。
シン・ヒョンジュン記者
※助言=壇国大・朴聖實(パク・ソンシル)教授(文化財委員)、蘭斯伝統服飾文化財研究所イ・ミョンウン責任研究員
朝鮮日報
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