Re: ダジャレで一服汁
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2010/04/15 16:41 投稿番号: [18869 / 19672]
>韓国人の場合、夫婦そろってとんでもない可能性が高い。
宗主国様からの遺伝のようです
小学生大量殺害の被告に反省の色なし「責任はあの女!」―福建
写真を大きくする
元医師の鄭明生被告が小学校校門付近で登校してきた小学生を襲い、8人を死亡、5人を負傷させたとして、福建省の南平中級人民法院で行われた裁判で、鄭被告は責任の7割は知人の女性にあると主張していたことが分かった。鄭被告には8日、一審の死刑判決が言い渡された。傍聴した遺族によると反省や後悔の様子はなかったという。チャイナネットが報じた
検察側が、犯行までの経緯として「恋愛の挫折、同僚や家族との不和が原因で世の中がいやになり、凶悪な殺人をしようと考えるようになった」と読み上げたとたん、鄭被告は「異議あり。動機部分に大きな異議あり」と叫びだした。その後も勝手に意見を主張しはじめるなどで、審理はしばしば中断したという。質問に対しては「黙秘する」と述べて回答を拒絶した。
鄭被告は市内の診療所で、医師として勤務した経験がある。検察側が読み上げた鄭被告の供述書によると、「刃物をコートに隠し、まず近くにいた女子生徒の首を刺した。自分は医学を学んだので、どこを狙えば致命傷になるか知っていた。次からは、相手が逃げるので首を狙うのが難しくなり、心臓部分を刺すことにした」などと話したという。法廷では証拠として現場の写真が示されたが、傍聴席の遺族から泣き声が聞こえた。
鄭被告は、犯行を知人女性のせいと主張。「自分がいつもメールを送るとか、電話をかけるとか、言いふらした。結婚の求めも拒絶した。あの女には、精神に問題がある」などと述べ、「3割なら、自分の責任を認めてもよい」と述べた。
犯行の動機のひとつとして、女性とその家族が「警察官に金を渡して、自分のさまざまな行動を妨害しようとした」、「自分は迫害されていた」と主張。「事件の全過程をはっきりと調べ、女の責任を明らかにしてほしい」などと述べた。
鄭被告は繰り返し、知人女性を名指しで非難。ただし警察の調べでは、ふたりが交際していた事実はなかった。女性は鄭被告の勤務していた診療所の近くで店を経営しており、顔見知りだっただけという。
傍聴を終えた遺族のひとりは、「反省も後悔もなかった。人を殺すということを、あまりにも簡単に考えている。どうにも我慢できなかったのは、殺人事件が自分には無関係と考えていることだ」と述べた。
裁判所は、被害者生徒の各家族に対して、それぞれ1人ずつの傍聴を割り当てた。ほとんどが男性だった。母親の多くは、「精神的に耐えられない」として傍聴を見合わせたという。
裁判所は鄭被告に8日、一審として死刑判決が言い渡した。鄭被告は同日中に、判決を不服として控訴した。写真は8日の法廷における鄭明生被告。(編集担当:如月隼人)
news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0409&f=national_0409_013.shtml
宗主国様からの遺伝のようです
小学生大量殺害の被告に反省の色なし「責任はあの女!」―福建
写真を大きくする
元医師の鄭明生被告が小学校校門付近で登校してきた小学生を襲い、8人を死亡、5人を負傷させたとして、福建省の南平中級人民法院で行われた裁判で、鄭被告は責任の7割は知人の女性にあると主張していたことが分かった。鄭被告には8日、一審の死刑判決が言い渡された。傍聴した遺族によると反省や後悔の様子はなかったという。チャイナネットが報じた
検察側が、犯行までの経緯として「恋愛の挫折、同僚や家族との不和が原因で世の中がいやになり、凶悪な殺人をしようと考えるようになった」と読み上げたとたん、鄭被告は「異議あり。動機部分に大きな異議あり」と叫びだした。その後も勝手に意見を主張しはじめるなどで、審理はしばしば中断したという。質問に対しては「黙秘する」と述べて回答を拒絶した。
鄭被告は市内の診療所で、医師として勤務した経験がある。検察側が読み上げた鄭被告の供述書によると、「刃物をコートに隠し、まず近くにいた女子生徒の首を刺した。自分は医学を学んだので、どこを狙えば致命傷になるか知っていた。次からは、相手が逃げるので首を狙うのが難しくなり、心臓部分を刺すことにした」などと話したという。法廷では証拠として現場の写真が示されたが、傍聴席の遺族から泣き声が聞こえた。
鄭被告は、犯行を知人女性のせいと主張。「自分がいつもメールを送るとか、電話をかけるとか、言いふらした。結婚の求めも拒絶した。あの女には、精神に問題がある」などと述べ、「3割なら、自分の責任を認めてもよい」と述べた。
犯行の動機のひとつとして、女性とその家族が「警察官に金を渡して、自分のさまざまな行動を妨害しようとした」、「自分は迫害されていた」と主張。「事件の全過程をはっきりと調べ、女の責任を明らかにしてほしい」などと述べた。
鄭被告は繰り返し、知人女性を名指しで非難。ただし警察の調べでは、ふたりが交際していた事実はなかった。女性は鄭被告の勤務していた診療所の近くで店を経営しており、顔見知りだっただけという。
傍聴を終えた遺族のひとりは、「反省も後悔もなかった。人を殺すということを、あまりにも簡単に考えている。どうにも我慢できなかったのは、殺人事件が自分には無関係と考えていることだ」と述べた。
裁判所は、被害者生徒の各家族に対して、それぞれ1人ずつの傍聴を割り当てた。ほとんどが男性だった。母親の多くは、「精神的に耐えられない」として傍聴を見合わせたという。
裁判所は鄭被告に8日、一審として死刑判決が言い渡した。鄭被告は同日中に、判決を不服として控訴した。写真は8日の法廷における鄭明生被告。(編集担当:如月隼人)
news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0409&f=national_0409_013.shtml
これは メッセージ 18868 (doronpa95 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/5jccbcbca1v0lifebdaa1w_1/18869.html