芸術家を正しく評価する日本
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2009/08/04 11:01 投稿番号: [18298 / 19672]
http://www.chosunonline.com/news/20090803000074
今月1日、岩手県盛岡市の郊外にある岩山の中腹は人々でごった返していた。駐日韓国大使、岩手県知事、盛岡市長などの来賓のほか、日本全国から集まった約600人が、日よけ用テントの中で美術館の開館を待っていた。漆を使った芸術作品だけを集めた世界最大の美術館「岩山漆芸美術館」が、8カ月にわたる休館を経て、この日午前10時に再びオープンした。
開館を待っていた岩手県の達増拓也知事に、岩山漆芸美術館が持つ意味を尋ねた。「日本最大の漆の産地・岩手と、世界最高の漆芸家・全竜福(チョン・ヨンボク)先生が出会った場所だ」と達増知事は答えた。2004年にオープンしたとき、韓国の漆芸家・全竜福氏(56)に美術館の施設を無償で貸し出した。そして、今回の再オープンに当たり、盛岡市は施設の改修・補修の費用を援助した。
同美術館の館長に就任した全氏は自らを「漆職人」と呼んでいるが、日本ですでに「最高の漆芸家」として認められている。1991年に完了した東京都内のホテル兼結婚式場「目黒雅叙園」の改築に携わったのが決定的なきっかけとなった。31年にオープンした目黒雅叙園は、「漆工芸の宝庫」として知られている。その後、全館長は日本に活動の拠点を置いた。芸術家を正しく評価する日本の「とりこになった」と言った方が正確かもしれない。
岩山漆芸美術館でこれまで代表作品とされていたのは、『岩手の魂』という作品だった。横60センチのパネル30枚を貼り合わせて作った、横18メートル、縦2メートルという巨大な作品だ。全館長は「集安(中国吉林省)にある高句麗時代の壁画に影響を受けた」と話した。だが、今回の再オープンに当たり、この作品が掲げられていた場所には『帰郷』という作品を展示した。横5.4メートル、縦1.8メートルのパネルには、生まれた川へ帰っていく鮭の群れが描かれている。
http://www.chosunonline.com/news/20090803000075
「鮭は4−5年もの間、海を回遊し、故郷の川へ帰って一生を終える。そしてその体は子どもたちの栄養分になる。これは生き物の本性であり、わたし自身の念願だ」。目黒雅叙園の改築から18年、岩山漆芸美術館のオープンから5年がたっていた。
権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日韓国大使は再オープン記念式典の祝辞で、「長い道のりをたどった理由」について、「韓日両国の文化の神髄を感じることができたためだ」と語った。記念式典の直後、館内を見て回っていた権大使に感想を尋ねたところ、「人は価値を認めてくれるところで生涯を終えるものだ。最後は(韓国に)連れて行かねばならない。われわれが価値を認めなければならない」と述べた。
全館長は『帰郷』のほか、18点の作品を新たに披露し、これまでの作品と合わせ約150点を展示した。また、最高で5250万円という高値が付き完売した腕時計(セイコーウオッチとの共同作品)の写真や、漆によって新たな音色を出すのに成功した楽器なども展示している。入館客のサキヤマ・タカユキさん(41)は、「漆と楽器という新たなコンセプトに魅かれて美術館を訪れた」と話した。
この日の入館客の多くは、「ヨン様」ことペ・ヨンジュンのファンたちだった。青森県から来たエガワ・マサコさん(52)は、「全先生の本で、ヨン様がここに泊まり込んでいたことを知った」と話した。ペ・ヨンジュンは今年2月、1週間にわたって美術館に泊まり込み、全館長から漆芸を学んだ。現在、ペ・ヨンジュンは名誉館長になっている。再オープン記念式典では、ペ・ヨンジュンが送ったお祝いのビデオレターが公開され、会場からは「ワー!」と歓声が上がった。また1点だけだが、作品も展示された。横2メートル、縦0.8メートルの『愛』という作品だが、本人は「練習作品にすぎず、満足していない」と話しているという。
「漆は悠久な歴史を背景とし、精神的な芸術性から、肉体的な健康にまで作用する、さまざまな能力を持っている。この漆の能力をいかなる形であれ、世に知らしめることがわたしの人生の使命だ」。全館長は笑いながら、「わたしは薬売りだね」と話した。
>、「人は価値を認めてくれるところで生涯を終えるものだ。最後は(韓国に)連れて行かねばならない。われわれが価値を認めなければならない」と述べた。
いみじくも プチ家出大使の言う通り
韓国ではまだ 芸術家を認めていない…と
日本や世界で評価されたから! 連れて帰りたいと…
そう言うことでしょ
今月1日、岩手県盛岡市の郊外にある岩山の中腹は人々でごった返していた。駐日韓国大使、岩手県知事、盛岡市長などの来賓のほか、日本全国から集まった約600人が、日よけ用テントの中で美術館の開館を待っていた。漆を使った芸術作品だけを集めた世界最大の美術館「岩山漆芸美術館」が、8カ月にわたる休館を経て、この日午前10時に再びオープンした。
開館を待っていた岩手県の達増拓也知事に、岩山漆芸美術館が持つ意味を尋ねた。「日本最大の漆の産地・岩手と、世界最高の漆芸家・全竜福(チョン・ヨンボク)先生が出会った場所だ」と達増知事は答えた。2004年にオープンしたとき、韓国の漆芸家・全竜福氏(56)に美術館の施設を無償で貸し出した。そして、今回の再オープンに当たり、盛岡市は施設の改修・補修の費用を援助した。
同美術館の館長に就任した全氏は自らを「漆職人」と呼んでいるが、日本ですでに「最高の漆芸家」として認められている。1991年に完了した東京都内のホテル兼結婚式場「目黒雅叙園」の改築に携わったのが決定的なきっかけとなった。31年にオープンした目黒雅叙園は、「漆工芸の宝庫」として知られている。その後、全館長は日本に活動の拠点を置いた。芸術家を正しく評価する日本の「とりこになった」と言った方が正確かもしれない。
岩山漆芸美術館でこれまで代表作品とされていたのは、『岩手の魂』という作品だった。横60センチのパネル30枚を貼り合わせて作った、横18メートル、縦2メートルという巨大な作品だ。全館長は「集安(中国吉林省)にある高句麗時代の壁画に影響を受けた」と話した。だが、今回の再オープンに当たり、この作品が掲げられていた場所には『帰郷』という作品を展示した。横5.4メートル、縦1.8メートルのパネルには、生まれた川へ帰っていく鮭の群れが描かれている。
http://www.chosunonline.com/news/20090803000075
「鮭は4−5年もの間、海を回遊し、故郷の川へ帰って一生を終える。そしてその体は子どもたちの栄養分になる。これは生き物の本性であり、わたし自身の念願だ」。目黒雅叙園の改築から18年、岩山漆芸美術館のオープンから5年がたっていた。
権哲賢(クォン・チョルヒョン)駐日韓国大使は再オープン記念式典の祝辞で、「長い道のりをたどった理由」について、「韓日両国の文化の神髄を感じることができたためだ」と語った。記念式典の直後、館内を見て回っていた権大使に感想を尋ねたところ、「人は価値を認めてくれるところで生涯を終えるものだ。最後は(韓国に)連れて行かねばならない。われわれが価値を認めなければならない」と述べた。
全館長は『帰郷』のほか、18点の作品を新たに披露し、これまでの作品と合わせ約150点を展示した。また、最高で5250万円という高値が付き完売した腕時計(セイコーウオッチとの共同作品)の写真や、漆によって新たな音色を出すのに成功した楽器なども展示している。入館客のサキヤマ・タカユキさん(41)は、「漆と楽器という新たなコンセプトに魅かれて美術館を訪れた」と話した。
この日の入館客の多くは、「ヨン様」ことペ・ヨンジュンのファンたちだった。青森県から来たエガワ・マサコさん(52)は、「全先生の本で、ヨン様がここに泊まり込んでいたことを知った」と話した。ペ・ヨンジュンは今年2月、1週間にわたって美術館に泊まり込み、全館長から漆芸を学んだ。現在、ペ・ヨンジュンは名誉館長になっている。再オープン記念式典では、ペ・ヨンジュンが送ったお祝いのビデオレターが公開され、会場からは「ワー!」と歓声が上がった。また1点だけだが、作品も展示された。横2メートル、縦0.8メートルの『愛』という作品だが、本人は「練習作品にすぎず、満足していない」と話しているという。
「漆は悠久な歴史を背景とし、精神的な芸術性から、肉体的な健康にまで作用する、さまざまな能力を持っている。この漆の能力をいかなる形であれ、世に知らしめることがわたしの人生の使命だ」。全館長は笑いながら、「わたしは薬売りだね」と話した。
>、「人は価値を認めてくれるところで生涯を終えるものだ。最後は(韓国に)連れて行かねばならない。われわれが価値を認めなければならない」と述べた。
いみじくも プチ家出大使の言う通り
韓国ではまだ 芸術家を認めていない…と
日本や世界で評価されたから! 連れて帰りたいと…
そう言うことでしょ
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/5jccbcbca1v0lifebdaa1w_1/18298.html