日本の嘘は世界一ニダ
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2007/06/18 01:15 投稿番号: [833 / 3623]
姜日出さんプロフィール
1928年慶尚北道生まれ。16歳の時に中国へ連行され、奉天(瀋陽)、新京(長春)、牡丹江の慰安所に入れられる。
終戦後も帰国できず中国で暮らし、2000年になって韓国に帰国。
↑16歳で連行だから1944年?
そこから3年間も働けたんですか。そうですかそうですか。
嘘つきにとって、最も腹立たしい人間は真実しか言わない人間だから、ハルモニ婆さんのおっしゃることはとても理解できる。
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姜日出お婆さん「慰安婦関連、日嘘は世界1位」
日本議員などが米国ワシントンポスト紙に出した広告で波紋が広がっている中、慰安婦出身の姜日出(カン・イルチュル)ハルモニ(お婆さん)は15日「日本人たちのない事をあるように作り上げる才能は世界1」と言いながら怒りを抑えられなかった。
カン・ハルモニはこの日忠北忠州(チュンブクチュンジュ)中山外国語高校で持った「日本軍慰安婦巡回証言」行事で問題の広告に対する見解を問う記者たちの質問にこのように怒った。カン・ハルモニは「小学校から家に帰って来たら、日本軍人と警察2人がトラックで来て強制的に乗せて連れて行かれた」と「慰安婦動員に強制がなかった」と言う日本人らの主張は、捏造であることを確認した。
また「将校や将軍より収入が多かった」という新聞広告の主張に対しても「日本軍は慰安婦たちに両替できる紙を与えたが、監禁状態だから実際にこれを両替する方法はなかった」「特に日本が敗戦になって、この紙は皆ただの紙切れになってしまった」と言った。
カン・ハルモニは続けて「10代の幼い年で一日平均七人の日本軍たちに性暴行にあったし、とても痛くてトイレにも行くことができなかった」と目頭を赤くした。全校生の参加する中、この学校の講堂で進行した巡回証言で、カン・ハルモニは「国を失う苦痛はあまりにも大きくて、国民が経験するさげすみも想像できないほど。」「我が国が再び国を失う事がないように、青少年たちが熱心に努力しなければなりません。」と頼んだ。
慶北尚州(キョンブクサンジュ)に生まれたカン・ハルモニは、十六年に軍靴の紐を作る工場へ行かなければならないという理由で、日本軍によって強制的に連れて行かれて中国牧丹江でで日本軍慰安婦で3年をすごした。解放以後は、中国吉林で看護婦生活をし、2001年慰安婦被害者に登録して国籍を回復し、京畿道光州のナヌムの家で暮らしている。
一方、民族史観の学生サークル「シナブロ」が主観する慰安婦巡回証言は、カン・ハルモニとイ・オクソン・ハルモニから日帝慰安婦の実像を聞く行事で、中山外国語高校を皮切りに全国七高校で進行される。
ヤフーコリア
ttp://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=4&articleid=2007061517102856280
1928年慶尚北道生まれ。16歳の時に中国へ連行され、奉天(瀋陽)、新京(長春)、牡丹江の慰安所に入れられる。
終戦後も帰国できず中国で暮らし、2000年になって韓国に帰国。
↑16歳で連行だから1944年?
そこから3年間も働けたんですか。そうですかそうですか。
嘘つきにとって、最も腹立たしい人間は真実しか言わない人間だから、ハルモニ婆さんのおっしゃることはとても理解できる。
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姜日出お婆さん「慰安婦関連、日嘘は世界1位」
日本議員などが米国ワシントンポスト紙に出した広告で波紋が広がっている中、慰安婦出身の姜日出(カン・イルチュル)ハルモニ(お婆さん)は15日「日本人たちのない事をあるように作り上げる才能は世界1」と言いながら怒りを抑えられなかった。
カン・ハルモニはこの日忠北忠州(チュンブクチュンジュ)中山外国語高校で持った「日本軍慰安婦巡回証言」行事で問題の広告に対する見解を問う記者たちの質問にこのように怒った。カン・ハルモニは「小学校から家に帰って来たら、日本軍人と警察2人がトラックで来て強制的に乗せて連れて行かれた」と「慰安婦動員に強制がなかった」と言う日本人らの主張は、捏造であることを確認した。
また「将校や将軍より収入が多かった」という新聞広告の主張に対しても「日本軍は慰安婦たちに両替できる紙を与えたが、監禁状態だから実際にこれを両替する方法はなかった」「特に日本が敗戦になって、この紙は皆ただの紙切れになってしまった」と言った。
カン・ハルモニは続けて「10代の幼い年で一日平均七人の日本軍たちに性暴行にあったし、とても痛くてトイレにも行くことができなかった」と目頭を赤くした。全校生の参加する中、この学校の講堂で進行した巡回証言で、カン・ハルモニは「国を失う苦痛はあまりにも大きくて、国民が経験するさげすみも想像できないほど。」「我が国が再び国を失う事がないように、青少年たちが熱心に努力しなければなりません。」と頼んだ。
慶北尚州(キョンブクサンジュ)に生まれたカン・ハルモニは、十六年に軍靴の紐を作る工場へ行かなければならないという理由で、日本軍によって強制的に連れて行かれて中国牧丹江でで日本軍慰安婦で3年をすごした。解放以後は、中国吉林で看護婦生活をし、2001年慰安婦被害者に登録して国籍を回復し、京畿道光州のナヌムの家で暮らしている。
一方、民族史観の学生サークル「シナブロ」が主観する慰安婦巡回証言は、カン・ハルモニとイ・オクソン・ハルモニから日帝慰安婦の実像を聞く行事で、中山外国語高校を皮切りに全国七高校で進行される。
ヤフーコリア
ttp://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=4&articleid=2007061517102856280
これは メッセージ 1 (zen_no_oshie さん)への返信です.
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