小説家ピョ・マヌン(2)
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2008/07/26 02:23 投稿番号: [2157 / 3623]
対馬島もそうだ。対馬島は古代から洛東江地域と九州の間にある飛び石みたいな存在だった。最短距離でもあったこの航路はたとえ200kmしかにならなくとも、その頃は一気に行くことができる距離ではなかった。潮流と風に合わせなければならなかった。日本に渡ろうとすると北東風と寒流が南下する秋期まで待たなければならなかったし、反対に日本から来る航路は黒潮と偏西風が吹く春期と夏季を利用しなければならなかった。
その中間地点である対馬島は、古代から韓半島人の拠点になるしかなかった。両方を往き来した人は日本の原住民ではなく、伽耶や百済人だったから対馬島は伽耶や百済に属していた地だったし、現在居住している島民たちはその子孫だと言っても過言ではないだろう。
実は対馬島は、豊臣秀吉が朝鮮侵略の野望を抱くまでは、関心の外に置かれた島に過ぎなかった。彼らは朝鮮王朝が送ってくれる糧食に寄り掛かっていたと言うし、領主は朝鮮王朝の官職まで得ていた境遇だった。だから、対馬島はわれらの領土だと主張することができる根拠が充分にあるのだ。
中央日報(韓国語)
ttp://www.joongang.ca/bbs/board.php?bo_table=T1001&wr_id=3006 さすが小説家、なかなか才能があるじゃないか。(笑)
どっちかっつーとこの記事を韓国人が見たときにどんな反応するのか見たい・・・
これは メッセージ 2156 (imp_mania_jk さん)への返信です.
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