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【再掲】 安岡章太郎 『僕の昭和史』より

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2008/08/08 23:34 投稿番号: [930 / 1474]
こちらに引用させて頂きます。

>「でもね、可哀相だとおもって、日本人がシャツだの服だのをやると、あの子たちは怒って、びりびりに引き裂いて、わざと寒いふりをして震えて見せるんですってよ」

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(引用者註: これは前後からして、昭和元年前後の描写のようである。筆者はいわゆる「反省汁系」である。当時筆者は京城在住で、父は憲兵隊勤務の陸軍獣医大尉。)

(引用始め)
朝鮮の冬の空気はきびしく、零下十何度という日も珍しくはなかったが、とくに寒さというものは感じたことがない。どの家にも、床全面を暖めるオンドルがあったし、他の部屋には石炭ストーブが真っ赤にもえていたから、日本内地の冬の生活よりはずっと温かかったろう。ただ、一と冬に何日か、とくに寒い朝には、本町通り(引用者註: 現在の忠武路)の商店の軒下で寝ている朝鮮人の少年が凍死体で発見されたりした。そういうとき、日本人はなぜかひたすら怖れるのであった。
「朝鮮人はこわいわね」と、母も隣のおばさんと話していた。「こんな寒いときに、わざわざ裸にナンキン袋を着ただけで寝ているんですもの。あれじゃ、死なない方がフシギよ……」
「でもね、可哀相だとおもって、日本人がシャツだの服だのをやると、あの子たちは怒って、びりびりに引き裂いて、わざと寒いふりをして震えて見せるんですってよ」
「そうですってね、だから朝鮮人はこわいっていうのよね」
本町は、前にいったように京城で目抜きの通りで、横浜や神戸の本町なんかにも似てシャレた店が多かった。しかし、このなかで朝鮮人のやっている店が一軒でもあっただろうか。店員も、客も、道を歩いている人も、日本人ばかりだったような気がする。そんななかでボロを着た朝鮮人の子供は、一番奇麗な店の明るいショーウィンドウの前で、ごろりと寝そべって金をねだるのだ。通りがかりの人が、着るものや食べものをやっても、そんなものは受けとらない。彼等が狙っているのは金だけだ。勿論、店としては迷惑だから、ときどき店員が出てきて追い払うが、少年たちはいくら追い払われても、店員が店の中にひっこむと、またもとのところで寝そべったり、うずくまったりする。また、店員が出てくる。しかし、少年は動こうとしない。腹を立てた店員は、バケツで水をまいたり、少年の手や耳をひっぱって立たせようとしたりする。少年は大きな声で泣き叫ぶ。
「アイゴー!」
僕は、そんな光景を何度か見た。それは、たしかに怖ろしかった。しかし僕は、朝鮮人の子供のしぶとさに怖れをなすというより、あの子供が店の前で寝ていたいというのなら、なぜもっと寝かしておいてやらないのだろう、という素朴な疑問の方が強かった。(引用終わり)

(安岡章太郎著 『僕の昭和史』 新潮文庫)
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