Re: 川島洋子関連のスレ
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/01/21 22:00 投稿番号: [474 / 1474]
>台糖への蒋介石からの機械設備類の補償金は支給時期など詳細を聞いておりませんので検証出来ていません。
誠にお手数をお掛けしました。ありがとうございました。
お話自体はウソではないだろうと思います。
ただ蒋介石のことですから、その支給した意図が別にあるかも知れないと考えました。
また蒋介石の立場・戦略が、台湾に逃げ込んだ後では、日本に高圧的なものから協力を求めるものへと変化しました。
その時期であれば、支給は真意だったとも考えられます。
そういう意味で言えば、「台糖」の話は、逆に興味をそそられる話です。
下に掲げた著書の内容と通ずるものがあります。
>日本は33年に国際連盟を脱退したので後は蒋介石が連盟で日本を誹謗中傷し放題で日本は反論できずでした。しかし、当時国際連盟では重慶爆撃で日本を非難したそうですが、南京虐殺の話はまったくなかったと、又戦後フランスの高官が日本は連盟を脱退すべきでなかった、それは心情的に日本に不利に働いたと随分古い正論で読んだ記憶があります。
南京虐殺について、確かに、南京陥落の半年後に国際連盟の諮問委員会は、支那代表の声明に基づき、「日本軍の侵攻によって脅かされている支那の独立と領土保全」に奮闘する支那に対して同情の意を表する、という決議を行いましたが、南京虐殺はまったく触れられていません。
東中野教授によると、「南京大虐殺30万人説」の出所は、当時南京大学教授で、国際安全地帯委員会の一員だったシャール・ベイツの4万人虐殺説を下敷きに、事件の3年後に刊行されたエドガー・スノーの「アジアの戦争」で、スノーはベイツ説を「その大部分は女子供」と改竄した。さらに5年後、43年に刊行されたアグネス・スメドレーの「支那の歌声」では、ベイツ説を5倍にして20万人殺戮と拡大宣伝した。
ということです。
その裏では、蒋介石の国民党の対米工作がかなり進んでいたことが伺われます。
昭和20年の南京では虐殺証言が次々と現れ、南京の戦犯裁判、東京裁判に提出されるようになりました。
ほとんどが国民党によるでっち上げ証言でした。
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深田匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ」の世界戦略」高木書房より
昭和41年9月に岸信介元首相の名代として5名の日本人台湾使節団が訪台し、蒋介石と面談している。そして面談の最、その5名の中の一人である田中正明氏が松井大将の秘書であったことを思い出した蒋介石は、田中氏の手を堅く握り締めて涙を流しながら「南京に虐殺などなかった。松井閣下にはまことに申し訳ないことをした」と告白している。この蒋介石の涙の謝罪は、日本人訪台団、通訳、蒋介石の側近らが全員耳にした歴然なる事実であり、南京事件なるものは一切存在しなかったことを当事者が認めた貴重な証言である(72頁)。
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/nankinjiken1.html#深田匠
櫻井よし子 ジャーナリスト 諸君8月号 平成17年度
戦時中、中国国民党の国際宣伝処長を務めていた曾虚白という人物がいるのですが、彼は自伝の中で、対日戦争における情宣工作についていくつかの手口を明かしています。具体的には、中国の兵士を鼓舞する英雄物語を数多く創作することと、日本軍の残虐行為を国際社会に宣伝することでした。そのような工作をしているまさにその時、毎日新聞が「百人斬り競争」の記事を書いた。この時の印象について曾虚白は「物事は信じがたいほどうまくいくものだ。われわれが敵の材料を探していた時に、敵の方からそれを提示してくれた」という主旨のことを書き遺しています。彼はすぐにティンパーリーというオーストラリア国籍の新聞記者と、金陵大学の社会学の教授であったスマイスというアメリカ人にカネを渡し、日本軍の暴虐行為を本にさせたとも書いています。のちに北村稔・立命館大学教授の調査(『南京事件の探求』文春新書)により、ティンパーリーは国民党国際宣伝処に雇われた人物だったことが当時の文献から明らかになっています。
そして日本軍の南京入城が1937年12月13日です。日本軍の占領は1938年2月末まで続きますが、その同じ年の11月には英国でティンパーリーの『What War Means』が出版された。じつに手際よく、国民党から発信された情報が英訳されて国際社会に喧伝されたのです。曾虚白は、これは非常にうまくいった例であると回想しています。のちにこの本が南京大虐殺を確定する証拠資料として東京裁判に提出され、A級戦犯も裁かれたわけですね。
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/nankinjiken1.html#櫻井よし子 >http
誠にお手数をお掛けしました。ありがとうございました。
お話自体はウソではないだろうと思います。
ただ蒋介石のことですから、その支給した意図が別にあるかも知れないと考えました。
また蒋介石の立場・戦略が、台湾に逃げ込んだ後では、日本に高圧的なものから協力を求めるものへと変化しました。
その時期であれば、支給は真意だったとも考えられます。
そういう意味で言えば、「台糖」の話は、逆に興味をそそられる話です。
下に掲げた著書の内容と通ずるものがあります。
>日本は33年に国際連盟を脱退したので後は蒋介石が連盟で日本を誹謗中傷し放題で日本は反論できずでした。しかし、当時国際連盟では重慶爆撃で日本を非難したそうですが、南京虐殺の話はまったくなかったと、又戦後フランスの高官が日本は連盟を脱退すべきでなかった、それは心情的に日本に不利に働いたと随分古い正論で読んだ記憶があります。
南京虐殺について、確かに、南京陥落の半年後に国際連盟の諮問委員会は、支那代表の声明に基づき、「日本軍の侵攻によって脅かされている支那の独立と領土保全」に奮闘する支那に対して同情の意を表する、という決議を行いましたが、南京虐殺はまったく触れられていません。
東中野教授によると、「南京大虐殺30万人説」の出所は、当時南京大学教授で、国際安全地帯委員会の一員だったシャール・ベイツの4万人虐殺説を下敷きに、事件の3年後に刊行されたエドガー・スノーの「アジアの戦争」で、スノーはベイツ説を「その大部分は女子供」と改竄した。さらに5年後、43年に刊行されたアグネス・スメドレーの「支那の歌声」では、ベイツ説を5倍にして20万人殺戮と拡大宣伝した。
ということです。
その裏では、蒋介石の国民党の対米工作がかなり進んでいたことが伺われます。
昭和20年の南京では虐殺証言が次々と現れ、南京の戦犯裁判、東京裁判に提出されるようになりました。
ほとんどが国民党によるでっち上げ証言でした。
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深田匠著 「日本人の知らない『二つのアメリカ」の世界戦略」高木書房より
昭和41年9月に岸信介元首相の名代として5名の日本人台湾使節団が訪台し、蒋介石と面談している。そして面談の最、その5名の中の一人である田中正明氏が松井大将の秘書であったことを思い出した蒋介石は、田中氏の手を堅く握り締めて涙を流しながら「南京に虐殺などなかった。松井閣下にはまことに申し訳ないことをした」と告白している。この蒋介石の涙の謝罪は、日本人訪台団、通訳、蒋介石の側近らが全員耳にした歴然なる事実であり、南京事件なるものは一切存在しなかったことを当事者が認めた貴重な証言である(72頁)。
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/nankinjiken1.html#深田匠
櫻井よし子 ジャーナリスト 諸君8月号 平成17年度
戦時中、中国国民党の国際宣伝処長を務めていた曾虚白という人物がいるのですが、彼は自伝の中で、対日戦争における情宣工作についていくつかの手口を明かしています。具体的には、中国の兵士を鼓舞する英雄物語を数多く創作することと、日本軍の残虐行為を国際社会に宣伝することでした。そのような工作をしているまさにその時、毎日新聞が「百人斬り競争」の記事を書いた。この時の印象について曾虚白は「物事は信じがたいほどうまくいくものだ。われわれが敵の材料を探していた時に、敵の方からそれを提示してくれた」という主旨のことを書き遺しています。彼はすぐにティンパーリーというオーストラリア国籍の新聞記者と、金陵大学の社会学の教授であったスマイスというアメリカ人にカネを渡し、日本軍の暴虐行為を本にさせたとも書いています。のちに北村稔・立命館大学教授の調査(『南京事件の探求』文春新書)により、ティンパーリーは国民党国際宣伝処に雇われた人物だったことが当時の文献から明らかになっています。
そして日本軍の南京入城が1937年12月13日です。日本軍の占領は1938年2月末まで続きますが、その同じ年の11月には英国でティンパーリーの『What War Means』が出版された。じつに手際よく、国民党から発信された情報が英訳されて国際社会に喧伝されたのです。曾虚白は、これは非常にうまくいった例であると回想しています。のちにこの本が南京大虐殺を確定する証拠資料として東京裁判に提出され、A級戦犯も裁かれたわけですね。
http://www8.ocn.ne.jp/~senden97/nankinjiken1.html#櫻井よし子 >http
これは メッセージ 473 (kohshien21c さん)への返信です.
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