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太極旗制定の経緯

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/06/24 03:00 投稿番号: [211 / 1474]
駐日大韓民国大使館・韓国文化院のHP。

太極旗(テグッキ)は万物の普遍的な原則と定義の下で発展と繁栄を追求する韓民族の意志が表象化された大韓民国の国旗で、平和、単一、創造、光明、無窮を象徴します。国旗制定の論議が初めて論じられたのは1876年1月、朝鮮王朝の高宗(コジョン)13年で、1948年大韓民国臨時政府樹立をきっかけに国旗の図案と規格が統一されました。

韓国の国旗である“テグッキ”(太極旗)は白地の中に太極文様と四つの角の乾坤坎離4グェ(四卦)によって構成されています。太極旗の白地は明るさと純粋、そして平和を愛する我々の民族性を表しています。 真中の太極文様は陰(青)と陽(赤)の調和を象徴し、宇宙万物が陰陽の相互作用によって生成して発展すると言う大自然の真理を形象化したものであります。
http://www.koreanculture.jp/syoukai_01.html

その制定の経緯。

1882年(明治15・高宗19・光緒8)
国旗制定について、李○根『民族の閃光』より(日付は陰暦)。
「イギリスで造船した千百トン級の明治丸は、船長だけはイギリス人ジェ−ムズを雇っていたが、この船長が好奇心をもって珍客朴泳孝修信使一行と話を交しているうちに、「朝鮮王国の使節が来訪するのだから、貴国の国旗を貸してくれればマストに掲げる」という話を持ち出した。

その時まで国旗の制定・使用をしていなかった朝鮮王国は、あわてざるを得なかった。
幸い一行が出発する前に政府要路の間で、国旗問題が論議され、修信使は「必要な時には適当に作って使用せよ」という国王の内諾を得ていたから、朴泳孝以下の使節団幹部は、明治丸の船上で、あらかじめ構想していた大極八卦図を出し、アストン総領事の意見を求めた。
旗に関してアストンよりも詳しいジェ−ムズは、「太極の図案はよいが、周りの八卦は複雑だから、四卦だけを四隅に配する方がよかろう」といい出して、一同これに同意して決定となり、ジェ−ムズの好意で最初の国旗標本として大、中、小三本を画いてもらった。

一行が神戸に着いてから、八月十二日、宿所西村屋の屋上に韓国旗が初めて掲揚された。その日から神戸に駐在する各国外交官は、この珍奇な国旗を写して行った。
修信使一行が東京に着いて以後、十月三日の坤殿(王妃)誕生日を慶祝するための宴会場に、よその国の国旗とともにわが国旗を掲げて、式場を飾った。
政府は翌癸未(一八八三年)一月二十七日、正式に国旗の制定を宣布した。
その後八十四年を経た今日まで、どのような民族の受難期に際しても、太極旗を国家のシンボルとして守護してきた」

(○は王ヘンに宣)
http://www15.plala.or.jp/c-o-seraphin-S-R/Korea-Taehan-Choson-/Eternal-History/KOREA-materials-1-1823-1893.htm
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なお、韓国の一番古い太極旗(1882年7月)には、清の属国「大清国属」と書かれていた。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/01/26/20040126000072.html
『大清国属   高麗国旗』
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