日帝時代の新聞記者
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/12/21 02:15 投稿番号: [9260 / 30895]
>ソウル鍾路(チョンノ)で生まれた李灌龍は、京城(キョンソン)高等普通学校を卒業した後、英国に渡って、オクスフォード大学に通った。再び、スイスに渡ってチューリヒ大学で「意識の根本事実としての意欲論」で博士号をとった。
ニテーイに強制留学させられたのでしょうか!!!!(笑)
>3.1独立運動の当時には、留学生の身分で、パリ講和会議にも参加し、1923年帰国した後は、ヨンヒ専門教授を経て、東亜日報と朝鮮日報に記者として活動した。1925年2月には東亜日報に特派員としてロシアのモスクワで取材活動を行ったりもした。
ニテーイに強制的にパリやモスクワに行かされたのでしょうか!!!!(笑)
すげーなー、始終監視もされずに、外遊・駐在なんかさせるなんて…。
やっぱニテーイは、史上最もマヌケな支配者ではあるわな。(笑)⇒これ、皮肉ですヨ。
ttp://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2006122037438
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9qbfma4ha1a28bdbcba4rmfd2ra4bba4ha1aa_1/9260.html