宅配はウリナラが起源ニダ!
投稿者: doronpa95 投稿日時: 2006/12/03 18:17 投稿番号: [9111 / 30895]
>新羅時代の宅配制度が今日のと異なるのは、太子など王族のために国家が直接「特急宅配」を管理したという点だ。
え〜と、そんなのはどこの国でもあったと思うぞ。 むしろなかったと思う韓国人が異常だ。
「統一新羅時代にも“宅配”があった」
統一新羅時代にも「宅配制度」があり、飲食物には製造年月日が記され、「賞味期限」を表示していた。国立中央博物館のイ・ヨンヒョン学芸研究員が、慶州雁鴨池から出土した統一新羅時代の木簡47点(国立慶州博物館所蔵)を分析した結果として、これらの内容を先月30日に発表した。紙が貴重だった当時は、木簡は物品や荷物の名札やメモとして使用されていた。1970年代に雁鴨池からはじめて出土して以来、これまで全国的に350点以上が発掘され、文献を補完する貴重な資料としての評価を受けているが、研究はまだ始まったばかりだ。
同氏は「雁鴨池は太子が住む東宮に接しており、ここから出土した木簡(8世紀頃)を見ると、当時の王族の食文化など、新羅人の文化生活全般をうかがい知ることができる」と述べた。まず、統一新羅時代にも「特急宅配制度」があったということ。「遣急使條高城醢缶辛審洗宅○○瓮一品仲上」と記された木簡がいい例だ。「急いで官吏を江原道高城に派遣し、甕(缶)に入れてきた塩辛(=或いは甘酒)、東宮で使う儀礼用(二文字不明)、甕は一つ、等級は中上品」という意味だ。新羅時代の宅配制度が今日のと異なるのは、太子など王族のために国家が直接「特急宅配」を管理したという点だ。
宮中で腐敗した飲食物を使用すれば、極刑を受けるのは当然のことだった。そのため「製造年月日」を記載し、「賞味期限」を明確にしていた。「三月二十一日作 =助史缶○」(=はけものへんに章)がそれに該当する。「3月21日のノロ鹿の肉を入れた甕」という意味だ。(「助史」は解読できていない)
しかし「賞味期限」が長い食品に関しては、現在のワインのように製造年度だけを記録していた。「○卯年第二汁○斗」と記された木簡がそれだ。「ウサギ年につくった汁だが第二等品で○升(容量の単位)」という意味だ。同氏は「汁は香辛料・調味料・湯薬・肉汁・野菜汁・果物汁などとも解釈できるが、等級があって数年間保管できるということから、酒や醤油の可能性もある」と語った。
「加火魚」「生鮑」といった文字が記されている木簡も見つかっている。「カムルチー」「アワビ」を意味し、アワビなどが当時も宮中の高級海産物であったことを示している。同氏は「木簡にはアワビなどの海産物以外にもノル鹿やイノシシ、獣の内蔵などが登場し、新羅人がこのような食材を好んでいたことがわかる」とした。
東国大学の李基東(イ・ギドン)教授(古代史)は、「韓国よりも木簡の研究が進んでいる日本でも、出土した木簡から宮中の様々な生活が復元されている。最近韓国の学界では木簡研究のブームが起こっているが、これは世界の歴史学界の趨勢である“微視史”の傾向とも合致する」と評した。
イ・ヨンヒョン研究員はこれらの内容を2日から開催の韓国歴史研究会のセミナー、「木簡と韓国古代の文字生活」で発表する。
慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
ttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/03/20061203000024.html
え〜と、そんなのはどこの国でもあったと思うぞ。 むしろなかったと思う韓国人が異常だ。
「統一新羅時代にも“宅配”があった」
統一新羅時代にも「宅配制度」があり、飲食物には製造年月日が記され、「賞味期限」を表示していた。国立中央博物館のイ・ヨンヒョン学芸研究員が、慶州雁鴨池から出土した統一新羅時代の木簡47点(国立慶州博物館所蔵)を分析した結果として、これらの内容を先月30日に発表した。紙が貴重だった当時は、木簡は物品や荷物の名札やメモとして使用されていた。1970年代に雁鴨池からはじめて出土して以来、これまで全国的に350点以上が発掘され、文献を補完する貴重な資料としての評価を受けているが、研究はまだ始まったばかりだ。
同氏は「雁鴨池は太子が住む東宮に接しており、ここから出土した木簡(8世紀頃)を見ると、当時の王族の食文化など、新羅人の文化生活全般をうかがい知ることができる」と述べた。まず、統一新羅時代にも「特急宅配制度」があったということ。「遣急使條高城醢缶辛審洗宅○○瓮一品仲上」と記された木簡がいい例だ。「急いで官吏を江原道高城に派遣し、甕(缶)に入れてきた塩辛(=或いは甘酒)、東宮で使う儀礼用(二文字不明)、甕は一つ、等級は中上品」という意味だ。新羅時代の宅配制度が今日のと異なるのは、太子など王族のために国家が直接「特急宅配」を管理したという点だ。
宮中で腐敗した飲食物を使用すれば、極刑を受けるのは当然のことだった。そのため「製造年月日」を記載し、「賞味期限」を明確にしていた。「三月二十一日作 =助史缶○」(=はけものへんに章)がそれに該当する。「3月21日のノロ鹿の肉を入れた甕」という意味だ。(「助史」は解読できていない)
しかし「賞味期限」が長い食品に関しては、現在のワインのように製造年度だけを記録していた。「○卯年第二汁○斗」と記された木簡がそれだ。「ウサギ年につくった汁だが第二等品で○升(容量の単位)」という意味だ。同氏は「汁は香辛料・調味料・湯薬・肉汁・野菜汁・果物汁などとも解釈できるが、等級があって数年間保管できるということから、酒や醤油の可能性もある」と語った。
「加火魚」「生鮑」といった文字が記されている木簡も見つかっている。「カムルチー」「アワビ」を意味し、アワビなどが当時も宮中の高級海産物であったことを示している。同氏は「木簡にはアワビなどの海産物以外にもノル鹿やイノシシ、獣の内蔵などが登場し、新羅人がこのような食材を好んでいたことがわかる」とした。
東国大学の李基東(イ・ギドン)教授(古代史)は、「韓国よりも木簡の研究が進んでいる日本でも、出土した木簡から宮中の様々な生活が復元されている。最近韓国の学界では木簡研究のブームが起こっているが、これは世界の歴史学界の趨勢である“微視史”の傾向とも合致する」と評した。
イ・ヨンヒョン研究員はこれらの内容を2日から開催の韓国歴史研究会のセミナー、「木簡と韓国古代の文字生活」で発表する。
慎亨浚(シン・ヒョンジュン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報JNS
ttp://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/03/20061203000024.html
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