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靖国参拝の考察<上> その1

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/05/25 23:00 投稿番号: [6747 / 30895]
米ジョージタウン大
     ケビン・ドーク教授

         毎月訪れて、敬虔さを示せ

私は日本の近代史、とくにナショナリズム、民主主義、文化などを専門に研究する米国人学者として、靖国神社を巡る論議には長年、真剣な関心を向けてきたが、自分の意見を対外的に表明することは控えてきた。靖国問題というのは日本国民にとって祖国への誇りや祖国を守るために戦没した先人への心情にかかわる微妙な課題であり、あくまで日本国民自身が決めるべき内面的な案件だと考えてきたからだ。
  ところが最近、中国だけでなく米国の論者たちが外部から不適切な断定を下すようになった。だから私も日本の自主性への敬意を保ちつつ、遠慮しながらも意見を述べたいと考えるようになった。私の意見は日本の国民や指導者が自らの判断で決めたことであれば、靖国参拝をむしろ奨励したいという主旨である。
  その理由を、これまでの論議でほとんど語られてない観点からの考察も含めて説明したい。
  民主主義社会の基礎となる個人の権利や市民の自由は他者の尊厳への精神的な敬意が前提となる。とくに敬意を表明する相手の他者が死者となると、それを表明する側は目前の自分の生命や現世を超えた精神的、精霊的な意味合いをもこめることとなる。
  死者に対しては謙虚に、その生前の行動への主観的な即断は控え目に、という事が米国でも日本でも良識とされてきた。死者を非難しても意味が無いとということだ。ましてその死者が祖国のための戦争で死んだ先人となると、弔意には死の苦痛を認知できる人間の心がさらに強い基盤となる。その心の入れ方には宗派にとらわれない信仰という要素も入ってくる。
  以上が現在の米国でも日本でも戦没者を悼むという行為の実情だろう。小泉純一郎首相の靖国参拝もこの範疇だろう。首相自身、自分の心情を強調し、政治的、外交的な意味を否定しているからだ。それに対し外部から無理やりに政治や外交の意味を押し付け参拝の中止を要求することは人間の心を排除し、民主主義の基本を脅かす事になりかねない。個人の精神の持ち方や信仰のあり方が脅かされるからだ。

続く
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