韓国人よ、現実を理解せよ!

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

脱北者支援センターの解体が条件だった?

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2006/05/17 18:21 投稿番号: [6669 / 30895]
脱北者支援センターの解体が条件だった?総連とのトップ会談
投稿者 trycomp 投稿日時 2006-5-17 15:33:54 (37 ヒット)
朝鮮総連と民団が17日、トップ会談を朝鮮総連中央本部で行い「半世紀以上に及び対立の歴史に終止符を打った」という。日本のマスコミが報じる記事には「和解」「対立解消」という文字が並ぶ。しかし、犯罪集団である朝鮮総連と「対立」してきたことが、果たして悪いことなのだろうか。むしろ「対立」すべきであるし、その犯罪をさらに厳しく糾弾すべきだったのではないか。何が「歴史的」なのか。

朝鮮総連という組織が行った最大の活動が、いわゆる「帰国事業」である。1958年から北朝鮮の指示に従って「帰国事業」に着手、“地上の楽園”という甘言で9万人以上の在日朝鮮人及び日本人配偶者を北朝鮮に送り込んだ。その「帰国者」を待ち受けていたのは“地獄”であった。さらに、朝鮮総連は“地獄”に送り込んだ帰国者を人質にし在日朝鮮人から多額の金品を脅し取ったり、「工作活動」への従事を強要した。この「工作活動」の一つが、日本人拉致への加担である。この犯罪に対して、朝鮮総連はなんら総括をしていない。今も続いているのである。

民団は朝鮮総連によって“地獄”に送り込まれた在日朝鮮人及び日本人配偶者のうち、脱北に成功し日本に辿り着いた人々に対して、2003年、「脱北者支援センター」を設立した。日本のNGOと協力しながら、100人以上と言われる脱北者の生活支援に携わってきた。

今回の総連と民団の「和解」は、民団のトップが総連本部を訪問するということからもわかるように、民団が膝を屈する形で行われた形跡がある。日本のマスコミでは一切流れていないが、韓国の朝鮮日報や中央日報などでは、朝鮮総連側が会談の条件を3つ示したとある。その3つの条件とは、▽同胞たちの帰化を促進する地方参政権要求権の自発的放棄▽民団機構である脱北者支援センターの解体▽在日韓国人母国訪問事業中断である。民団は、この中の脱北者支援活動と在日韓国人母国訪問事業を保留することにして、条件を受け入れたという。これが、本当のことなのかどうかはわからない。しかし、現に民団の「脱北者支援センター」は4月から実質的に活動をストップしているという。脱北者をめぐる国際的な動きにも完全に逆行したものであると言わざるを得ない。日本でも「北朝鮮人権法」を制定して脱北者の受け入れ、支援を模索する動きがあるが、それにも水を差すだろう。

民団のホームページには『1959年に日本と北韓の赤十字社で合意した在日同胞の北送事業の時は、鉄道線路への座り込みをはじめ全組織をあげて決死的な阻止運動を展開しました。北韓が地獄であるという当時の本団の主張と運動は、今日にいたってようやく正しかったことが証明されました。』とあるが、今でもこの言葉を口に出来るのだろうか。その“地獄”からの救出を行うのではなく、また脱出してきた同胞を助けるのでもなく、当のその“地獄送り”の組織と「和解」することが正しいことであると、果たして「証明」される日は来るのだろうか。

総連、民団ともに組織率が低下し、特に朝鮮総連は“瀕死の状態”であるとも言われる。今回の民団の動きは、朝鮮総連の延命に手を貸すことである。今後は、民団からの“お土産”が万景峰号で金正日同志のもとに贈られるのだろうか。

拉致事件では、辛光洙などの本国から送り込まれた工作員が、北朝鮮にいる親族を人質として在日朝鮮人、在日韓国人を「補助工作員」として包摂していたことが明らかになっている。この「補助工作員」たちは現在も日本社会で暮らしている。原敕晁さん拉致では民団の地方幹部が「補助工作員」にさせられてもいる。中には悔悟の念に駆られている人もいるだろう。しかし、今回の両組織の「和解」によって、彼らが口を開くことは許されなくなったと言えるだろう。

ttp://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=5084
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)