戻しなさい!
投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/03/23 22:26 投稿番号: [5772 / 30895]
この馬鹿のおかげで、日本は日韓併合という愚を犯してしまったわけですね。
そのためにいつまで粘着されている・・・orz
>「安義士の逝去96周年となる年に、ハルビン最大の繁華街に銅像が建立したと聞いて訪れたが、デパートの隅に投げ捨てられていて失望した」
まるで、捨て猫状態。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『安重根義士を戻しなさい』
安重根(アン・ジュングン)義士の逝去96周年(義挙97周年)を迎え、1月に中国・哈爾賓(ハルビン)市の
メイン・ストリートである中央大街の広場に建てられた安義士の銅像が消えた。
中国中央政府の指示により、設置から10日後に強制撤去された。
ハルビンは、安義士が日帝の韓国侵奪を指揮していた伊藤博文をピストルで射殺して、民族的自負心を
悟らせてくれた歴史的な都市。26日は1910年に安義士が処刑場の露と消えてから96年になる日である。
『安重根義士崇慕会/理事長:黄寅性(ファン・インソン)前国務総理)』と個人事業家のイ某氏は1月16日、
ハルビンのメイン・ストリートである中央大街の広場公園で高さ4.5m(基壇高2m)の安義士銅像除幕式を
行った。
銅像を立てた場所は、安義士が義挙を起こしたハルビン駅から200〜300m離れた地点で、安義士を象徴する
手の平の印章が基壇に大きく表されていて、遠くから見てもすぐに分かる様に製作された。
韓国政府と民間団体は、数回に渡りハルビンに安義士の銅像を建立しようとしたが、中国政府の反対で
出来なかった。
個人事業家のイ氏が、中央大街にあるデパートに多額の投資をしながら『私有地内に銅像を建立する』と
説明し、ハルビン市行政がデパートの前に銅像の設置を承諾した。
しかし中国政府は、『外国人の銅像建立を不許とする』と言った既存の方針を打出して、除幕式を行って
間もなく銅像を布地で取り囲んで通行人らが見えない様にし、更にはデパートの中へ移動する様にに
指示をした。銅像が通りに立っていた期間は僅か10日間だけだった。
ハルビンを訪れた事業家は「安義士の逝去96周年となる年に、ハルビン最大の繁華街に銅像が建立したと
聞いて訪れたが、デパートの隅に投げ捨てられていて失望した」とし、「民間だけに任せずに、銅像が元の
場所へ戻せるように政府が外交的な努力を傾けなければならない」と語った。
崇慕回の関係者は「安義士の銅像建立を承諾したハルビン市行政が、銅像の外部露出に反対する
中国政府と続けて協議している」とし、「今年中にまた元の場所へ移される様、全ての努力を尽くす」と
明らかにした。
義挙現場であるハルビン駅には関連表示板が全く無く、安義士の痕跡が残っていない。日本人達は安義士の
義挙以降に、伊藤を称える意味で彼の胸像をハルビン駅構内の殺害地点に建てたが1945年の敗亡直後に
中国政府が撤去した。
NAVER/東亜日報(写真付き)
http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=020&article_id=0000342174
そのためにいつまで粘着されている・・・orz
>「安義士の逝去96周年となる年に、ハルビン最大の繁華街に銅像が建立したと聞いて訪れたが、デパートの隅に投げ捨てられていて失望した」
まるで、捨て猫状態。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『安重根義士を戻しなさい』
安重根(アン・ジュングン)義士の逝去96周年(義挙97周年)を迎え、1月に中国・哈爾賓(ハルビン)市の
メイン・ストリートである中央大街の広場に建てられた安義士の銅像が消えた。
中国中央政府の指示により、設置から10日後に強制撤去された。
ハルビンは、安義士が日帝の韓国侵奪を指揮していた伊藤博文をピストルで射殺して、民族的自負心を
悟らせてくれた歴史的な都市。26日は1910年に安義士が処刑場の露と消えてから96年になる日である。
『安重根義士崇慕会/理事長:黄寅性(ファン・インソン)前国務総理)』と個人事業家のイ某氏は1月16日、
ハルビンのメイン・ストリートである中央大街の広場公園で高さ4.5m(基壇高2m)の安義士銅像除幕式を
行った。
銅像を立てた場所は、安義士が義挙を起こしたハルビン駅から200〜300m離れた地点で、安義士を象徴する
手の平の印章が基壇に大きく表されていて、遠くから見てもすぐに分かる様に製作された。
韓国政府と民間団体は、数回に渡りハルビンに安義士の銅像を建立しようとしたが、中国政府の反対で
出来なかった。
個人事業家のイ氏が、中央大街にあるデパートに多額の投資をしながら『私有地内に銅像を建立する』と
説明し、ハルビン市行政がデパートの前に銅像の設置を承諾した。
しかし中国政府は、『外国人の銅像建立を不許とする』と言った既存の方針を打出して、除幕式を行って
間もなく銅像を布地で取り囲んで通行人らが見えない様にし、更にはデパートの中へ移動する様にに
指示をした。銅像が通りに立っていた期間は僅か10日間だけだった。
ハルビンを訪れた事業家は「安義士の逝去96周年となる年に、ハルビン最大の繁華街に銅像が建立したと
聞いて訪れたが、デパートの隅に投げ捨てられていて失望した」とし、「民間だけに任せずに、銅像が元の
場所へ戻せるように政府が外交的な努力を傾けなければならない」と語った。
崇慕回の関係者は「安義士の銅像建立を承諾したハルビン市行政が、銅像の外部露出に反対する
中国政府と続けて協議している」とし、「今年中にまた元の場所へ移される様、全ての努力を尽くす」と
明らかにした。
義挙現場であるハルビン駅には関連表示板が全く無く、安義士の痕跡が残っていない。日本人達は安義士の
義挙以降に、伊藤を称える意味で彼の胸像をハルビン駅構内の殺害地点に建てたが1945年の敗亡直後に
中国政府が撤去した。
NAVER/東亜日報(写真付き)
http://news.naver.com/news/read.php?mode=LSD&office_id=020&article_id=0000342174
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9qbfma4ha1a28bdbcba4rmfd2ra4bba4ha1aa_1/5772.html