他人の振り見て
投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2006/02/22 23:15 投稿番号: [5407 / 30895]
我が振り直せ。
・・・とは、思わないんだろうなぁ・・・orz
>「アヘン戦争惨禍には清王朝の愚かな行為があった。 中国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」
中国にはまだ、少数だが、こういう事を言える「人物」もいれば、それを掲載するメディアと、硬骨の編集者もいる、と言う事か。
>「韓日併合惨禍には李王朝の愚かな行為があった。 韓国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」
と、言える「人物」と「メディア」に「編集者」もいない、となれば・・・
韓国は文革時の中国以上の「言論弾圧・言論統制・思想弾圧・思想統制」国家だ、と、外に向かって吠えているも同然なのにな。
気づかないのか、気づきたくないのか・・・
【噴水台】海瑞罷官
中国指導者の毛沢東は歴史的人物を登場させて統治に活用することがあった。 彼は歴史書物を離さない読書狂だった。 1959年4月。 毛は明王朝の海瑞を称えた。 腐敗官吏を退け、皇帝の実情を批判して罷免された清廉な官吏だ。 毛は「海瑞が皇帝を攻撃したのは忠誠心から出てきたもの」とし、「海瑞を見習え」と語った。 2カ月後に人民日報は「海瑞、皇帝を叱る」という記事を載せた。 歴史学者であり北京副市長だった呉羗が書いたものだった。 翌年、彼はこれを戯曲化した「海瑞罷官」を出す。 65年11月。 この歴史劇は筆禍事件に巻き込まれる。
文匯報に「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」という論文が掲載されながらだ。 筆者は解放日報総編集長の姚文元。 いわゆる4人組の1人だ。 論調は辛らつだった。 59年に大躍進運動(集団的生産運動)を問題視して失脚した彭徳懐国防部長の名誉回復と資本主義復活を図る政治的陰謀が隠されている−。 この文は毛の事前承諾を受けたという。
当時、毛の権威は落ちていた。 大躍進運動の失敗のためだ。 代わってその後遺症を実用主義路線で克服しようとしていた劉少奇(国家主席)と訒小平(書記処総書記)は立場を強めていった。 姚の論文は、毛・4人組の権力掌握と反修正主義闘争のための文化大革命のプロローグだった。 中国大陸を破壊と暴力で汚した狂気の10年はこのように始まった。 呉羗はこうした中、69年に獄死する。 彼の死は、明太祖・朱元璋が文字に難癖をつけて数多くの文人・官吏を処刑した文字獄と比較された。 皮肉にも彼の代表作は「朱元璋伝」だ。
中国週刊誌「氷点」が先月、一時停刊となった。 編集長も更迭された。 香港の大学教授が書いた近代史論文がその発端だ。 「アヘン戦争惨禍には清王朝の愚かな行為があった。 中国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」。 共産党公認史観を破り中央で刀を抜いたという。
しかし40年の差は大きかった。 編集長は抗議声明を出した。 更迭処分に対する審査も請求した。 論文を書いた教授はこのように述べた。 「文化革命時は毛沢東の言葉が判断基準になり、学術・文化が破壊した。今は中央宣伝部が論文の正誤を判断するのは誤りだ」 それも日本の新聞とのインタビューで。 中国に新しい文革の芽が出てきているのか。
呉栄煥(オ・ヨンファン)政治部門次長
2006.02.22 20:36:19
ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72995&servcode=100§code=120
・・・とは、思わないんだろうなぁ・・・orz
>「アヘン戦争惨禍には清王朝の愚かな行為があった。 中国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」
中国にはまだ、少数だが、こういう事を言える「人物」もいれば、それを掲載するメディアと、硬骨の編集者もいる、と言う事か。
>「韓日併合惨禍には李王朝の愚かな行為があった。 韓国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」
と、言える「人物」と「メディア」に「編集者」もいない、となれば・・・
韓国は文革時の中国以上の「言論弾圧・言論統制・思想弾圧・思想統制」国家だ、と、外に向かって吠えているも同然なのにな。
気づかないのか、気づきたくないのか・・・
【噴水台】海瑞罷官
中国指導者の毛沢東は歴史的人物を登場させて統治に活用することがあった。 彼は歴史書物を離さない読書狂だった。 1959年4月。 毛は明王朝の海瑞を称えた。 腐敗官吏を退け、皇帝の実情を批判して罷免された清廉な官吏だ。 毛は「海瑞が皇帝を攻撃したのは忠誠心から出てきたもの」とし、「海瑞を見習え」と語った。 2カ月後に人民日報は「海瑞、皇帝を叱る」という記事を載せた。 歴史学者であり北京副市長だった呉羗が書いたものだった。 翌年、彼はこれを戯曲化した「海瑞罷官」を出す。 65年11月。 この歴史劇は筆禍事件に巻き込まれる。
文匯報に「新編歴史劇『海瑞罷官』を評す」という論文が掲載されながらだ。 筆者は解放日報総編集長の姚文元。 いわゆる4人組の1人だ。 論調は辛らつだった。 59年に大躍進運動(集団的生産運動)を問題視して失脚した彭徳懐国防部長の名誉回復と資本主義復活を図る政治的陰謀が隠されている−。 この文は毛の事前承諾を受けたという。
当時、毛の権威は落ちていた。 大躍進運動の失敗のためだ。 代わってその後遺症を実用主義路線で克服しようとしていた劉少奇(国家主席)と訒小平(書記処総書記)は立場を強めていった。 姚の論文は、毛・4人組の権力掌握と反修正主義闘争のための文化大革命のプロローグだった。 中国大陸を破壊と暴力で汚した狂気の10年はこのように始まった。 呉羗はこうした中、69年に獄死する。 彼の死は、明太祖・朱元璋が文字に難癖をつけて数多くの文人・官吏を処刑した文字獄と比較された。 皮肉にも彼の代表作は「朱元璋伝」だ。
中国週刊誌「氷点」が先月、一時停刊となった。 編集長も更迭された。 香港の大学教授が書いた近代史論文がその発端だ。 「アヘン戦争惨禍には清王朝の愚かな行為があった。 中国は日本の歴史教科書に抗議するが、われわれの教科書の近代史観にも似た問題がある」。 共産党公認史観を破り中央で刀を抜いたという。
しかし40年の差は大きかった。 編集長は抗議声明を出した。 更迭処分に対する審査も請求した。 論文を書いた教授はこのように述べた。 「文化革命時は毛沢東の言葉が判断基準になり、学術・文化が破壊した。今は中央宣伝部が論文の正誤を判断するのは誤りだ」 それも日本の新聞とのインタビューで。 中国に新しい文革の芽が出てきているのか。
呉栄煥(オ・ヨンファン)政治部門次長
2006.02.22 20:36:19
ttp://japanese.joins.com/article/article.php?aid=72995&servcode=100§code=120
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
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