国賊の碑を倒すニダ
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/16 12:22 投稿番号: [4062 / 30895]
>朴齊純は1888年5月から1890年9月まで、仁川市長にあたる仁川都護府使を務めた。その後、1905年、乙巳条約に積極的にかかわり、李完用(イ・ワンヨン)、権重顯(クォン・ジュンヒョン)、李址鎔(イ・ジヨン)、李根沢(イ・グンテク)と共に乙巳五賊と呼ばれ、1910年には内務大臣として韓日併合条約に署名した。朴齊純善政碑の存在が伝えられた後、市民団体を中心に善政碑の撤去を求める声が高まっている。
>「平和と参加へ進む仁川連帯」は「乙巳五賊を、政治を良くやった官吏として褒め称える碑石が都心に残っているのは、仁川の低い歴史認識のレベルを示すもの」とし「仁川市が撤去しなければ、市民らが直接撤去する」との立場を示した。仁川市関係者は「文化財庁に処理方法を問い合わせた」とし「親日行為を知らせる案内板を設けて子孫に教訓を与える、というのが基本的な立場だが、文化財庁の諮問に基づいて最終的な処理策を決める考え」だと伝えた。
功績は功績、失策は失策として区別できないのかね。
世界が、白と黒だけに、截然と分かれていなきゃ気がすまないようですね。
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乙巳五賊の朴齊純碑、「撤去せよ」と「教訓にすべき」巡って議論
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70695&servcode=400§code=400
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
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