21st. Century Paranoia Man
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/12/10 12:57 投稿番号: [3960 / 30895]
>『コリアニティ経営』の著者・具本亨(ク・ボンヒョン)氏は、現在の足踏み状態と危機は、模倣と追従によってなる「追撃モデル」の産物だと診断する。「韓国の成長動力だった追撃エンジンには寿命がきている。韓国は、追従者が行き着く最後の場所に来ている。韓国が持続的に成長できる道は、追従者から先導者に場を移すことだ」。
なるほど。
>この切迫した「新しい道の開拓(path breaking)」の岐路で、韓国が頼れる資源は何か。
>著者は、韓国の内面的遺産の積極的な活用を提案する。韓国人の文化的遺伝子(DNA)を深く省察し、その気質と特徴に合った韓国型経営モデルを創造すべきだと強調する。
ああー、この時点で香ばしい予感が。
>韓国が世界を誘惑するソフトな力、そのソフト・パワーは、英単語の新造語である「コリアニティ(Coreanity)」と命名される。「コリアニティとは、多くの韓国人が共有する文化的同質性、共通の日常的趣向と言えるだろうか。精神的な地形図のようなものだ」。
ま、「民族性」「民族的傾向」とでも訳できるか。
>米国の製品を使えば、アメリカン・ドリームに加わったという感じがする。ドイツ製は、一生使えるという堅固なイメージを与える。日本製は、精巧で繊細だ。フランスの商品からは、メランコリーとぜい沢な豊かさが感じられる。
>しかし、韓国には世界が認識する文化的イメージがない。今や、韓国のものを差別化して、世界的な普遍性と魅力を引き出さなければならない。
たしかにそれは必要だな。
>著者は、コリアニティの核心、韓国文化の原形質を、温かくて躍動的であり、関係中心的な共同体主義に求める。
>韓国人は、「我々」の中に「私」を持っている。「我々」という集団の中に、自我を植えつける。韓国人は、米国的な個人主義と日本式の集団主義の間に位置している。「私たちは、関係を離れて、暮らすことはできない。しかし、その関係の中に埋もれて暮らすこともできない。集団と個人の間にとどまって、その葛藤の中でバランスと調和を保ちながら生きていく」。
「関係中心的」は法治を否定、無視してコネや人間関係にたよった政治にあらわれている。
突出した個人エゴと集団発狂のごとき団結(黄教授騒動では顕著に見られる)という、日米の『悪いとこ取り』のように見えるのだが。
いや、一旦「我々」の集団の中に入ってしまえば、優しい人も多く、温かみを感じることもあるんだが、それでは公私を峻別できない。
>著者は、21世紀の未来組職の運営と個人の活動に決定的な影響を及ぼすキーワードとして、グローバリゼーション、技術、スピード、知的資本と知識、顧客化、持続的成長を挙げ、この核心的な要素とコリアニティの共有地点に注目する。
それ以前に法治の精神だ。
>韓国の経営者たちは、「人事が万事」という言葉を好んで使ってきた。これまで米国式の機能主義経営に押されはしたものの、この言葉は新しい時代、新しい変節点で、再び力を得ている。
「インサ ヌン マンサ」だったかな?
>人材経営という21世紀のテーマは、韓国の経営者たちに非常に有利な文化的機会を提供する。西欧が学ばなければならないことを、韓国はすでに、文化的DNAとして、精神的筋肉の中に保存しているのだ。最悪の危機でも「会社は捨てても、人は絶対に捨てない」というキャノンの終身雇用制は心に温かく伝わる。
なぜ、ここで飛躍した論理が登場できるの?
「西欧が学ばなければならないことを、韓国はすでに、文化的DNAとして、精神的筋肉の中に保存しているのだ。」はい〜?なんで?
それと、キャノンは関係ないでしょ。(在日認定なの?)
・・・・・・・
追従者から先導者に変身せよ
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2005121067778
なるほど。
>この切迫した「新しい道の開拓(path breaking)」の岐路で、韓国が頼れる資源は何か。
>著者は、韓国の内面的遺産の積極的な活用を提案する。韓国人の文化的遺伝子(DNA)を深く省察し、その気質と特徴に合った韓国型経営モデルを創造すべきだと強調する。
ああー、この時点で香ばしい予感が。
>韓国が世界を誘惑するソフトな力、そのソフト・パワーは、英単語の新造語である「コリアニティ(Coreanity)」と命名される。「コリアニティとは、多くの韓国人が共有する文化的同質性、共通の日常的趣向と言えるだろうか。精神的な地形図のようなものだ」。
ま、「民族性」「民族的傾向」とでも訳できるか。
>米国の製品を使えば、アメリカン・ドリームに加わったという感じがする。ドイツ製は、一生使えるという堅固なイメージを与える。日本製は、精巧で繊細だ。フランスの商品からは、メランコリーとぜい沢な豊かさが感じられる。
>しかし、韓国には世界が認識する文化的イメージがない。今や、韓国のものを差別化して、世界的な普遍性と魅力を引き出さなければならない。
たしかにそれは必要だな。
>著者は、コリアニティの核心、韓国文化の原形質を、温かくて躍動的であり、関係中心的な共同体主義に求める。
>韓国人は、「我々」の中に「私」を持っている。「我々」という集団の中に、自我を植えつける。韓国人は、米国的な個人主義と日本式の集団主義の間に位置している。「私たちは、関係を離れて、暮らすことはできない。しかし、その関係の中に埋もれて暮らすこともできない。集団と個人の間にとどまって、その葛藤の中でバランスと調和を保ちながら生きていく」。
「関係中心的」は法治を否定、無視してコネや人間関係にたよった政治にあらわれている。
突出した個人エゴと集団発狂のごとき団結(黄教授騒動では顕著に見られる)という、日米の『悪いとこ取り』のように見えるのだが。
いや、一旦「我々」の集団の中に入ってしまえば、優しい人も多く、温かみを感じることもあるんだが、それでは公私を峻別できない。
>著者は、21世紀の未来組職の運営と個人の活動に決定的な影響を及ぼすキーワードとして、グローバリゼーション、技術、スピード、知的資本と知識、顧客化、持続的成長を挙げ、この核心的な要素とコリアニティの共有地点に注目する。
それ以前に法治の精神だ。
>韓国の経営者たちは、「人事が万事」という言葉を好んで使ってきた。これまで米国式の機能主義経営に押されはしたものの、この言葉は新しい時代、新しい変節点で、再び力を得ている。
「インサ ヌン マンサ」だったかな?
>人材経営という21世紀のテーマは、韓国の経営者たちに非常に有利な文化的機会を提供する。西欧が学ばなければならないことを、韓国はすでに、文化的DNAとして、精神的筋肉の中に保存しているのだ。最悪の危機でも「会社は捨てても、人は絶対に捨てない」というキャノンの終身雇用制は心に温かく伝わる。
なぜ、ここで飛躍した論理が登場できるの?
「西欧が学ばなければならないことを、韓国はすでに、文化的DNAとして、精神的筋肉の中に保存しているのだ。」はい〜?なんで?
それと、キャノンは関係ないでしょ。(在日認定なの?)
・・・・・・・
追従者から先導者に変身せよ
http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2005121067778
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
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