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Re: >江戸時代には相当農学が進んでいまし

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2005/12/03 21:11 投稿番号: [3872 / 30895]
うる覚えでカキコし、間違った情報を流しましたので謝罪の上、訂正します。本が見つかったので掲載しますので賠償はしません。笑

本の題名は「梅干と日本刀」日本人の知恵と独創の歴史。作者は樋口清之氏
祥伝社黄金文庫

その383頁   江戸時代すでに、米を96種類も品種改良した。

・・・、更に足利時代後期に伊予の国の土居清良とうい人の書いた「新民鑑月州」(清良記ともいい第七巻が農業書)という日本最初の農法の書物がある。

そのページを開くと、当時既に96種類の米の品種があったことが書かれている。つまり約400年前には、日本の米は96種類、意識的に品種改良されて、当時の栽培主である農民がそれを使い分けていたというわけである。

品種改良の目的は、まず高カロリー食品を作るということ、要するに、グルテン量の多い米をつくろうということである。さらに、米は風土、地味によって順応しないことがある。そこで、日本の農民は中世以来改良を続け、ついには「山地に作る米」「寒地に作る米」「低湿地に作る米」といった日本のそれぞれの風土に適応し、しかも、高カロリーの米というのを96種類、それぞれに名前をつけもっていたのである。

私達は品種改良と言えば、今日の農法のことだとつい思いがちである。江戸時代の農民は、文字の読み書きも出来ない、ただ自然農法的に田畑を耕す無学な人達だった、と錯覚している人が多い。それは大きな間違いである。彼等は、今日と少しも変わらない頭脳的計画栽培の農法を、今日の農学者の手をかりることなく、自らの手で実行していたのである。

その96種類の米は、何によって、種類名が名づけられているかというと、それぞれの適性栽培地のほかに、それぞれのカロリー量とグルテン含有量によって分類されているのである。

今日のような分析機械も無い時代に、何によって分析したかというと、農民の舌である。自分達の味覚で、それを分類したのである。ということは、彼等の味覚が非常に進んでいたということである。

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上記記述の前に、寺子屋には算学塾や医学塾などの説明があり、百姓であった玉川庄右衛門、清右衛門兄弟が全長43kmの玉川上水や、やはり百姓であった静岡深良村の名主、大庭源之丞が用水トンネル・箱根用水(1966年着工、70年完成)を造ることができたということは、民間の教育機関であった算学塾がいかに高度な教育をしていたかということであろう。

と、記載があります。

しかし、お百姓さんが味覚でそれぞれのカロリー量とグルテン含有量を分類していたのも凄い。嘗糞の風習とはえらい違いだ。




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