Re: 日本の農民はエライ
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/11/30 23:56 投稿番号: [3832 / 30895]
>『学ぶ』『教える』ことと『旅行』の好きな日本人は、
しばしば他所の村に農法の勉強にいったりしたそうですね。
また、逆に農業技術の発達している地域から農民を招いて、技術の会得に励むことも多かったようです。
江戸時代の農業ジャーナリストといえば、教科書レベルでは大蔵永常、佐藤信淵らが有名ですが、農民や下級役人たちも多くの農書を著作したり、農民たちに聞き取りをして編集しております。
東海地方で成立した「百姓伝記」は、少なくとも3人の農民の手になる集団著作であると言います。
朝鮮はといえば、稲作について水の確保が困難という事情があり、乾田にタネを直播きして、苗がある程度成長してから水を入れる「乾耕法」と呼ばれる栽培法が発達するなど、農業技術の進歩はありました。
しかし、労働力である奴婢は、収奪に倦むため、その勤労意欲を刺激することはできず、基本的に移動の自由もないので、現場レベルでの技術交流も進まなかったものと考えられます。
これは メッセージ 3822 (hail_mary_0 さん)への返信です.
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