Re: >>>>>江戸さん
投稿者: edozaijyu 投稿日時: 2005/11/04 18:00 投稿番号: [3089 / 30895]
>その対象は白人社会に於ける概念ですね。アジアやアフリカは眼中に無かったと思います。最終的には米大統領のウイルソンが提唱しましたが、国際連盟憲章作成時に於いて日本が提案した民族差別の条項は削除されました。当時抑圧されていたアイルランド等の人々が日本の提案に期待していましたが、見事に覆されました。
アジア、アフリカに対しては差別的な概念であったことは確かですね。
この場合、朝鮮半島が自決権を主張する立場でありますから概念だけあれば良いのではないでしょうか。
ご指摘のとおりウィルソンが民族自決を提唱するわけですが、これを受けて三・一独立運動が起こるわけですしね。
この場合でも民族自決をウィルソンは提唱しただけで、国際的コンセンサスは得られなかったにもかかわらず、三・一独立運動は起こっているわけです。
ただ、先ほども書いたとおり、朝鮮半島の併合はまったく問題は無いと考えます。
お互い主体性のある国同士が取り決めた約束ですから。
>まあ、いけしゃしゃあと言っても良いのではないですか。笑
「アメリカの鏡・日本 」の作者である米国ヘレンミアーズも日本を支持しましたから。
また、米国上院の真珠湾以降対日強硬派の民主党の有力議員(名前忘れましたが)が議会に極秘で出されたハルノートを戦後読んで、恥知らずはルーズベルトだと述べ日本擁護に変わったという話もあります。
『週刊東洋経済』1973年9月1日号の矢吹晋の書いた文です。
少々長くなりますが、引用させていただきます。
http://www25.big.or.jp/~yabuki/doc5/wu7309.htm
「日本にとっての台湾の重み、呉濁流の作品が語るもの」
「およそ人間というものは、自分のしたことが客観的に間違っていても容易にその非を認めない。過去の日本帝国主義者は、東洋平和という偽りのスローガンを掲げて中国を侵略し、戦争を起こし、多くの人民を殺して台湾等を植民地化した。第二次大戦後後にも、やはりかつての日本と同様、強国が弱小国を侵略し、戦争を引き起こして多数の人命を正義の名のもとに殺傷しつづけてきた。このときにあたり、かつて日本の植民地だった台湾の現実を描いた拙著『アジアの孤児』を出版して、植民地体制の本質を新たに考えようとする、心ある日本人がおられることに頭が下がる」
彼は日本統治下の台湾に育ち、数多くの台湾民衆とともに苦渋に満ちた人生を生きてきた。一例をあげれば、一九四○年、彼はそれまでの二○年の教員生活に別れを告げることになるが、これは新埔(彼の故郷)で開かれた郡主催の運動会のとき、郡視学をひやかしたために公衆の面前でなぐられたことがきっかけであった。「内台融和」「一視同仁」のスローガンとはうらはらに、現実には「本島人」への露骨な差別が行われており、ふだんから心の中に鬱積していた不満、憤りが一挙に爆発した。彼は郡視学の謝罪を要求したが容れられず、結局これに抗議して教員を辞任した。反骨教師が郡視学に抗議して辞任した、というのはごく小さな出来事にすぎず、あえてとりあげるには及ばないエピソードかもしれない。しかし、この郡視学が日本人であり、旧植民地での日本人は多かれ少なかれこのような態度で民衆に接したことを考えれば、このエピソードはかなり普遍性をもつであろう。
引用終わり
当時の台湾情勢や矢吹氏の日頃の言動を考えればかなりバイアスがかかった意見ではあるのですが、それでも日本統治時代を生きた方の貴重な記録であります。
>しかし、大勢は敗戦国の悲しさですかね、無視される可能性が高い。
同意。
アジア、アフリカに対しては差別的な概念であったことは確かですね。
この場合、朝鮮半島が自決権を主張する立場でありますから概念だけあれば良いのではないでしょうか。
ご指摘のとおりウィルソンが民族自決を提唱するわけですが、これを受けて三・一独立運動が起こるわけですしね。
この場合でも民族自決をウィルソンは提唱しただけで、国際的コンセンサスは得られなかったにもかかわらず、三・一独立運動は起こっているわけです。
ただ、先ほども書いたとおり、朝鮮半島の併合はまったく問題は無いと考えます。
お互い主体性のある国同士が取り決めた約束ですから。
>まあ、いけしゃしゃあと言っても良いのではないですか。笑
「アメリカの鏡・日本 」の作者である米国ヘレンミアーズも日本を支持しましたから。
また、米国上院の真珠湾以降対日強硬派の民主党の有力議員(名前忘れましたが)が議会に極秘で出されたハルノートを戦後読んで、恥知らずはルーズベルトだと述べ日本擁護に変わったという話もあります。
『週刊東洋経済』1973年9月1日号の矢吹晋の書いた文です。
少々長くなりますが、引用させていただきます。
http://www25.big.or.jp/~yabuki/doc5/wu7309.htm
「日本にとっての台湾の重み、呉濁流の作品が語るもの」
「およそ人間というものは、自分のしたことが客観的に間違っていても容易にその非を認めない。過去の日本帝国主義者は、東洋平和という偽りのスローガンを掲げて中国を侵略し、戦争を起こし、多くの人民を殺して台湾等を植民地化した。第二次大戦後後にも、やはりかつての日本と同様、強国が弱小国を侵略し、戦争を引き起こして多数の人命を正義の名のもとに殺傷しつづけてきた。このときにあたり、かつて日本の植民地だった台湾の現実を描いた拙著『アジアの孤児』を出版して、植民地体制の本質を新たに考えようとする、心ある日本人がおられることに頭が下がる」
彼は日本統治下の台湾に育ち、数多くの台湾民衆とともに苦渋に満ちた人生を生きてきた。一例をあげれば、一九四○年、彼はそれまでの二○年の教員生活に別れを告げることになるが、これは新埔(彼の故郷)で開かれた郡主催の運動会のとき、郡視学をひやかしたために公衆の面前でなぐられたことがきっかけであった。「内台融和」「一視同仁」のスローガンとはうらはらに、現実には「本島人」への露骨な差別が行われており、ふだんから心の中に鬱積していた不満、憤りが一挙に爆発した。彼は郡視学の謝罪を要求したが容れられず、結局これに抗議して教員を辞任した。反骨教師が郡視学に抗議して辞任した、というのはごく小さな出来事にすぎず、あえてとりあげるには及ばないエピソードかもしれない。しかし、この郡視学が日本人であり、旧植民地での日本人は多かれ少なかれこのような態度で民衆に接したことを考えれば、このエピソードはかなり普遍性をもつであろう。
引用終わり
当時の台湾情勢や矢吹氏の日頃の言動を考えればかなりバイアスがかかった意見ではあるのですが、それでも日本統治時代を生きた方の貴重な記録であります。
>しかし、大勢は敗戦国の悲しさですかね、無視される可能性が高い。
同意。
これは メッセージ 3085 (koshien21c さん)への返信です.
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