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どこの誰が英雄視してるの?w

投稿者: greatjp22 投稿日時: 2012/01/22 12:22 投稿番号: [27343 / 30895]
李舜臣を殺した武将は、李舜臣を殺したから有名なのではないしw

泗川城の戦いと関ヶ原の退却がもっとも有名なわけであって。




日本はなぜ李舜臣を英雄視するのか

2012年01月22日07時35分



  壬辰倭乱(じんしんわらん=文禄・慶長の役)当時、日本軍が攻城に使用した「亀甲車」の話を聞いたことはあるか。日本軍は第2次晋州城攻略戦で「数千頭の牛を殺して生皮をはぎ、中に20?30人が隠れることのできる大きなカメの甲羅を作って、その上に数百枚もの牛の生皮を張った」亀甲車を作り、城の物見櫓を破壊しようとした?という記述が、堀杏庵が書いた『朝鮮征伐記』(1659)に登場する。

  日本学者のキム・シドク高麗大学HK研究教授(HKとは、韓国政府の人文学振興プロジェクト「人文韓国〈Humanities Korea〉」の略称)は壬辰倭乱後に日本で発行され、多くの人々に読まれた資料を収集し、日本人の視点から見た壬辰倭乱を再構成した。日本側の記録によると、壬辰倭乱開戦の名分の一つは「報復」だった。13世紀の元・高麗による日本征伐(元寇)に対する報復というわけだ。

  日本では壬辰倭乱の後、参戦した武将らの武勇談が大流行した。しかし17世紀後半、柳成竜(ユ・ソンリョン)の『懲ヒ録(ヒは比の下に必)』が日本で知られるようになると、その影響を受けた釈姓貴の『朝鮮軍記大全』(1704)、馬場信意の『朝鮮太平記』(1705)などでは、李舜臣(イ・スンシン)を「英雄」として扱った。もちろん「朝鮮の英雄に勝った日本の武将はさらに偉大だと言いたかった」というのが、著者の分析だ。

  韓国の読者にとっては不愉快な内容が多い。とはいえ著者は、300年にわたり、日本人と日本を通じて北東アジアの歴史を理解してきた西欧の学者らが抱いていた壬辰倭乱のイメージは、まさにこのようなものだったと語っている。240ページ、1万5000ウォン(約1020円)。
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