狂人自殺について語る
投稿者: except_chon 投稿日時: 2010/07/10 07:54 投稿番号: [20945 / 30895]
つか。
>こうした日本と自殺率において、経済協力開発機構(OECD)で1・2位を争っているのが韓国だ。
劣化コピーのしすぎ。
「人身事故のため電車の到着が遅れております」
東京の電車ホームでは、こうした案内放送がよく聞こえてくる。慣れてしまったからだろうか。みんな無表情のまま待っている。電車が到着する時間のめどが立たなければ、引き潮のようにホームから人が減り、駅員から「遅延証明書」を受け取っていく。その証明書があれば、会社や学校で遅刻扱いされずに済む。ロボットのように動くその不気味な静かさ、無関心さに驚いたのは1度や2度ではない。
日本の電車が時間通りに来ない理由は、たいてい次の二つのケースに限られる。地震と人身事故だ。人身事故とは多くの場合、跳び込み自殺のことを指す。これまで何回も「人身事故」というアナウンスをホームで聞いてきたが、後に新聞やテレビで事故の詳細を見聞きしたことはない。「中央線、人身事故により出勤途中の10万人に影響」。出退勤の途中に起きた事故でなければ、関心を持たれない。一人の自殺より、10万人の遅刻の方が重要な産業社会に、みんな慣れてしまっているようだ。
作家の柳美里(ユウ・ミリ)はこうした世相に疑問を投げ掛けた。ソウル市内の地下鉄2号線のように、東京の中心をグルグルと回る山手線で起きた自殺を取材し、小説にした。2007年に出版された『山手線内回り』だ。柳美里のほかの本と違い、ベストセラーにはならなかった。社会が自殺に無関心だから、本も売れなかったようだ。
日本では、自殺が一つの文化のように見なされていた時期が長かった。西郷隆盛や乃木希典といった武士出身の政治家や軍人だけではない。芥川竜之介、太宰治、川端康成など、そうそうたる文豪たちも自殺でその生涯に幕を閉じた。自殺に対する認識も寛大で、文化人の自殺には「死の美学」のような無理やりな解釈もあった。そのため、彼らが患っていた「うつ病」はかき消された。
このごろの日本の著名人たちは自身のがんを公表する。ジャーナリスト筑紫哲也のように、がんとの闘いを宣言し、同じ境遇の人々に勇気を与え、世を去った人々もいる。しかし、うつ病との闘いを公表したケースは見たことがない。日本では自殺した人の75%がうつ病患者だったという。死に至る危険な病気だが、治療のため病院を訪れる人は4人に一人にすぎない。米国では二人に一人が病院に行く。
柳美里は、電車のホームにある黄色い線を「生と死を分ける境界」と表現した。だが、「黄色い線と線路の間にもまだ立つことができる空間がある」とも言った。黄色い線を越えた多くのがん患者たちが、治療を受けることで線路に落ちずに済むように、黄色い線を越えたうつ症状の人々も、世の人々から手助けを受けることでホームにとどまれるというのだ。
誰がこうした人々の手を握り、その歩みを振り返るのだろうか。5月22日、日本精神神経学会をはじめとする4学会が「うつ病は国民病」という共同声明を発表した。日本もがんや心臓病のように、うつ病治療を国が管理し、職場や学校がカウンセリングを通じ、患者との人間的なきずなを失わないシステムを作らなければならないということだ。
日本では1998年以降、毎年3万人以上が自殺している。こうした日本と自殺率において、経済協力開発機構(OECD)で1・2位を争っているのが韓国だ。韓国には最近、有名人の自殺が相次いだかつての日本と同じ雰囲気が漂っている。匿名の中傷により、人間を黄色い線の外側にある線路に追いやる残酷な集団性も日本と変わらない。しかし、何よりもよく似ているのは、うつ病にひどく無関心な社会の認識レベルではないかと思う。(文中、敬称略)
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
【コラム】韓国と日本が自殺大国になった理由(上下)
ht tp://www.chosunonline.c om/news/20100705000037
htt p://www.chosunonline.co m/news/20100705000038
>こうした日本と自殺率において、経済協力開発機構(OECD)で1・2位を争っているのが韓国だ。
劣化コピーのしすぎ。
「人身事故のため電車の到着が遅れております」
東京の電車ホームでは、こうした案内放送がよく聞こえてくる。慣れてしまったからだろうか。みんな無表情のまま待っている。電車が到着する時間のめどが立たなければ、引き潮のようにホームから人が減り、駅員から「遅延証明書」を受け取っていく。その証明書があれば、会社や学校で遅刻扱いされずに済む。ロボットのように動くその不気味な静かさ、無関心さに驚いたのは1度や2度ではない。
日本の電車が時間通りに来ない理由は、たいてい次の二つのケースに限られる。地震と人身事故だ。人身事故とは多くの場合、跳び込み自殺のことを指す。これまで何回も「人身事故」というアナウンスをホームで聞いてきたが、後に新聞やテレビで事故の詳細を見聞きしたことはない。「中央線、人身事故により出勤途中の10万人に影響」。出退勤の途中に起きた事故でなければ、関心を持たれない。一人の自殺より、10万人の遅刻の方が重要な産業社会に、みんな慣れてしまっているようだ。
作家の柳美里(ユウ・ミリ)はこうした世相に疑問を投げ掛けた。ソウル市内の地下鉄2号線のように、東京の中心をグルグルと回る山手線で起きた自殺を取材し、小説にした。2007年に出版された『山手線内回り』だ。柳美里のほかの本と違い、ベストセラーにはならなかった。社会が自殺に無関心だから、本も売れなかったようだ。
日本では、自殺が一つの文化のように見なされていた時期が長かった。西郷隆盛や乃木希典といった武士出身の政治家や軍人だけではない。芥川竜之介、太宰治、川端康成など、そうそうたる文豪たちも自殺でその生涯に幕を閉じた。自殺に対する認識も寛大で、文化人の自殺には「死の美学」のような無理やりな解釈もあった。そのため、彼らが患っていた「うつ病」はかき消された。
このごろの日本の著名人たちは自身のがんを公表する。ジャーナリスト筑紫哲也のように、がんとの闘いを宣言し、同じ境遇の人々に勇気を与え、世を去った人々もいる。しかし、うつ病との闘いを公表したケースは見たことがない。日本では自殺した人の75%がうつ病患者だったという。死に至る危険な病気だが、治療のため病院を訪れる人は4人に一人にすぎない。米国では二人に一人が病院に行く。
柳美里は、電車のホームにある黄色い線を「生と死を分ける境界」と表現した。だが、「黄色い線と線路の間にもまだ立つことができる空間がある」とも言った。黄色い線を越えた多くのがん患者たちが、治療を受けることで線路に落ちずに済むように、黄色い線を越えたうつ症状の人々も、世の人々から手助けを受けることでホームにとどまれるというのだ。
誰がこうした人々の手を握り、その歩みを振り返るのだろうか。5月22日、日本精神神経学会をはじめとする4学会が「うつ病は国民病」という共同声明を発表した。日本もがんや心臓病のように、うつ病治療を国が管理し、職場や学校がカウンセリングを通じ、患者との人間的なきずなを失わないシステムを作らなければならないということだ。
日本では1998年以降、毎年3万人以上が自殺している。こうした日本と自殺率において、経済協力開発機構(OECD)で1・2位を争っているのが韓国だ。韓国には最近、有名人の自殺が相次いだかつての日本と同じ雰囲気が漂っている。匿名の中傷により、人間を黄色い線の外側にある線路に追いやる残酷な集団性も日本と変わらない。しかし、何よりもよく似ているのは、うつ病にひどく無関心な社会の認識レベルではないかと思う。(文中、敬称略)
東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
【コラム】韓国と日本が自殺大国になった理由(上下)
ht tp://www.chosunonline.c om/news/20100705000037
htt p://www.chosunonline.co m/news/20100705000038
これは メッセージ 20937 (matsatuchokubari さん)への返信です.
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