ノーベル、惜しかったニダ!
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/10/14 15:50 投稿番号: [2036 / 30895]
>日本などの事例をみた場合、ノーベル文学賞に対する期待が高まった時期から少したった後、受賞者が出ているという。任氏は今回、韓国の作家が受賞候補に挙がったことは、韓国の国力が上がっているということであり、世界に広がる韓流にも助けとなるとしている。よって韓国人作家の名前が受賞候補に挙がった今からが重要だというのだ。
あ"ーーーーーーーーーーー!!!!
カンチガイ!!!!!!!
またも「国力」かえ??????????
その考えから離れろ!!!!!!!!!!
>川端氏の作品は1935年からノーベル文学賞を受賞した1968年まで26言語に133編が翻訳された。大江氏の作品も1959年から1994年まで19の言語で150編が翻訳されている。約30年以上、常に海外に作品を紹介することでノーベル文学賞受賞に至ったといえる。
別にさあ、ノーベル欲しさの活動ではないだろう、それは。
結果として、ノーベル受賞につながったというだけだって。
なんか本末転倒なんだって。
>韓国外大ソン・ギョンスックアラビア語科教授は 『ノーベル文学賞と韓国文学』(図書出版ウォルイン)で、韓国文学がノーベル文学賞を受賞するには▽スウェーデン文化界、王立アカデミーの関係者にも韓国文学愛好家が出るなど、間に入る役割をする人が必要▽ノーベル図書館にフランス語、英語、スウェーデン語などの韓国文学関連資料を送らなければならない▽韓国文学の世界的研究者と翻訳者を養成しなければならない▽いくつかの大学や機関をエージェントに指定し、集中管理しなければならない−−という案などを提示している。
そういうのは、全て「工作」じゃないか。
「工作」の結果のノーベルなら、それじゃあまるで、受験勉強とか科挙の準備に似てはいないか?
一つ例を挙げよう。
日本は、新しくはドナルド・キーンという人物が現れたことが、大きな幸運だったんじゃないか?(古くは、いろいろ。)
いや、よく分からない。
敢えて申し上げよう。
ノーベルのことはまずは考えないように。
ただひたすら、作家は「自分がなっとくのいく」本を書けばいい。
それを他人が評価する・しないは、そんなのは後の問題だ。
それだけ言っておこう。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=68585&servcode=700§code=700
これは メッセージ 1 (greatjp22 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9qbfma4ha1a28bdbcba4rmfd2ra4bba4ha1aa_1/2036.html