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8月の光が海辺に輝き

投稿者: mika_asumoshigoto22 投稿日時: 2010/03/07 15:16 投稿番号: [18756 / 30895]
人々は海風に吹かれて
心を踊らす

だが人々の気持ちと反対に
私の心は暗く沈むのだ
あの8月の記憶が私を苦しめるから

あれは私が13歳の夏だった
私の祖国は
日本の統治下という状況にありながらも
なんとか希望を持っていた

この事態は必ず打ち破られると
私達は固く信じていたのだ

私は学校の帰り道
覚えたての歌を口ずさみながら
歩いていた
「お母さんの手は暖かいな」というフレーズに来た所で
私は異変に気付いた

「誰かが後をつけている」
私は振り向かなかったが
それは確実だった

私は気付かれないように
歌を歌いつづけた
「お母さんの手は暖かくて優しくて」

「誰かが後をつけている」
それは確信に変わった

私は角を曲がると
走り出した
だが
奴らは
すぐに私を捕まえた
「助けて!お母さん!」

奴らは
軍服を着た
数人の
日本兵だった

奴らは私の腹部を殴ると
大きな袋の中に私を入れた

奴らは私をある施設に
連れて行った
13歳だった私にも
そこがどんなところなのか何となくわかった

そこは慰安所だったのだ
まず
最初の日本兵は
私をニヤニヤしながら見た

私は抵抗したが
さんざん殴られた
涙も出なかった
何の感情もわかなかった

ただ これからどうなるのか
それから
お母さんが心配していると
そればかり考えた
3人目の日本兵が現われ
私は恐怖のあまり気を失った

いつか忘れたいと
ずっと願っていた
しかし
私にはどうしても忘れることができないのだ

慰安所には私のほかにも
多くの女性が
拉致され閉じ込められていた
なかには日本軍の暴力がもとで死んでしまった人もいた

アメリカ下院・オランダ下院・カナダ下院・欧州議会で
日本に対する謝罪要求決議が可決された
決議では日本政府に
「公式に責任を認め謝罪し歴史的な責任を受け入れる」よう要求している

1945年8月15日
日本の敗戦後
私達は解放されたが
慰安所の石塀には
次のような言葉が書き残された

『犯罪者どもよ、聞け
消えていった者の怨嗟の声を

犯罪者どもよ、もう逃れることは出来ない
月は全てを見ていたのだ

犯罪者どもよ、おびえるな
全ては明らかになるのだ』

あの慰安所の石塀に書いてあったとおり
全ては明らかになったのだ
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