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パラグアイは超親日

投稿者: doronpa95 投稿日時: 2010/06/30 20:09 投稿番号: [7854 / 8735]
パラグアイは中南米では珍しく日本びいきな国だとのことです。それも超が付くほどです。

国連などの国際会議でも日本の意見への賛成票を出し続けてくれています。さらに、駐日パラグアイ大使も2004年から二代続けて田岡大使(2004年〜2009年)、豊歳大使(2009年〜)と日系人です。

では、なぜそれほどの親日国になったのでしょう?

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戦後、満州からの帰国者で日本人の住む先が不足していたころのことです。パラグアイのストロエスネル大統領は、日本人の受け入れを中南米で初めて認めてくれました。移住は1956年から始まり、1959年の「日本・パラグアイ移住協定」の元で増加し、7000人もの日本人がパラグアイへと渡ったといいます。

その日本人移民たち、与えられた原生林を必死に開拓し、農作に励みました。開拓した農地を今度は機械化した農業で、大豆と小麦の輪作に成功します。

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それまでは綿花が主要な輸出品だったパラグアイです。1980年代には大豆が輸出の4割に至り、現在では7割にもなりました。輪作で作った小麦も同国の自給自足に大きく貢献します。

他にも、従来は無かったトマトなどの野菜類も生産しています。従来は存在しなかったトマト料理なども「日本人がもたらしてくれた」と、今は町中どこでも手に入るそうです。

それなので日系人は、パラグアイの経済発展に大きく貢献した、勤勉さで困難を克服し成功したと、大変感謝かつ尊敬されているそうです。誇らしいですね。

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昭和天皇は大人数の日系移民を受け付けてくれたことを大変感謝していたそうです。ストロエスネル大統領来日時、帰国の際には、羽田空港で雨の中、傘で飛行機までお見送りをしたとの逸話があります。

ストロエスネル大統領も大の親日派、2006年に亡くなられましたが、父がパラグアイにいた頃は日本関連の話ではプライオリティ高く会ってくれたそうです。


ttp://blogs.itmedia.co.jp/shiro/2010/06/post-287f.html
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