クラクションで威嚇するニダ
投稿者: zen_no_oshie 投稿日時: 2007/11/15 12:27 投稿番号: [3745 / 8735]
ワールドカップ日韓大会とやってることが同じじゃないか。進歩ゼロ(怒)。
今大会を通じて、韓国人にスポーツマンシップなど微塵も無いということが
改めて浮き彫りになりました。
全北現代は特にひどいチームだったな。
前年度優勝ってホントかな?と何度も疑いました。
昨日の決勝が韓国チーム相手でなくて良かった。
心からそう思います。
史上初!浦和無敗のアジア制覇!
2007年11月15日(木) 7時5分 スポーツニッポン
<浦和・セパハン>前半22分、先制ゴールを決めた永井(左)はワシントンに抱きつかれ雄叫び
赤い悪魔がアジアの頂点に立った!J1王者の浦和は14日、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦でセパハン(イラン)と対戦。前半22分にFW永井雄一郎(28)が、後半26分にはMF阿部勇樹(26)がゴールし2―0で快勝。2戦合計3―1とし日本勢初のACL制覇を達成した。1次リーグから無敗での優勝は大会史上初。アジア王者として12月の「TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップ ジャパン2007」で世界に挑む。
誰もが、赤き歓喜に酔いしれた。日本の大願を背負った浦和が、ついにアジアの頂点に立った。祝福の紙吹雪が雪のように舞う中、ゲーム主将の鈴木啓太が、銀に輝く優勝杯を夜空に突き上げた。1次リーグから全12戦、不敗のまま勝ち獲った優勝は大会史上初の快挙。立すいの余地なく埋め尽くされた6万サポーターは「We are REDS」の大合唱を繰り返した。
場内が興奮のるつぼと化した前半22分だった。ゴール右45度。永井の右足がうなりをあげた。「思い切り打っただけです」。強烈なシュートは相手GKの腕をはじき飛ばし、大会MVPにも輝いた。「僕でいいんですかね」と笑いが止まらない。控室に戻ると、サポーターから祝福のシャンパンが用意されていたという。最高の美酒になった。
栄光の道のりは険しかった。決勝のピッチに山田暢久主将の姿がなかった。94年から連続出場を続けていた鉄人が、人生初の右ふくらはぎ肉離れで戦線離脱した。実は、山田は夏場から左ひざ骨挫傷に苦しんでいた。10月の精密検査で発覚後も、監督には決して明かさなかった。結果、かばい続けた右足をパンクしたが、悔いはなかった。
チームメートは気づいていた。その山田の執念に。この日、主将を務めた鈴木は「優勝杯はヤマ(山田)にあげてほしかった」と繰り返した。腰痛の阿部が、両足痛の田中達が黙って痛みをこらえた。殊勲の永井もでん部痛と戦っていた。主将の無念を痛いほど感じ、無駄にはしなかった。
敵地では、想像以上の洗礼も浴びた。韓国ではクラクションを鳴らす相手サポーターの車に、宿舎を囲まれた。イラン遠征では1機のチャーター便が故障し、チームと帰国するはずのサポーター135人を中東に残した。だが、翌日に帰国したリーダー格は「これでチームが勝てるならいい」と笑ったという。これにクラブ関係者は涙した。
日本のリーディングクラブとして、ACL自体の権威を高めようと躍起になった。日本代表以上の偵察網を敷き、遠征全体の投資額は1億円超。中村GMは「選手、施設、サポーターもすべてがそろった浦和こそアジアNo・1にふさわしい」と自負する。次なる舞台は12月のトヨタ・クラブW杯。初戦に勝てば世界的な名門ACミラン戦が待つ。浦和とともに日本サッカーの歴史が変わろうとしている。
[ 11月15日 7時5分 更新 ]
今大会を通じて、韓国人にスポーツマンシップなど微塵も無いということが
改めて浮き彫りになりました。
全北現代は特にひどいチームだったな。
前年度優勝ってホントかな?と何度も疑いました。
昨日の決勝が韓国チーム相手でなくて良かった。
心からそう思います。
史上初!浦和無敗のアジア制覇!
2007年11月15日(木) 7時5分 スポーツニッポン
<浦和・セパハン>前半22分、先制ゴールを決めた永井(左)はワシントンに抱きつかれ雄叫び
赤い悪魔がアジアの頂点に立った!J1王者の浦和は14日、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)決勝第2戦でセパハン(イラン)と対戦。前半22分にFW永井雄一郎(28)が、後半26分にはMF阿部勇樹(26)がゴールし2―0で快勝。2戦合計3―1とし日本勢初のACL制覇を達成した。1次リーグから無敗での優勝は大会史上初。アジア王者として12月の「TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップ ジャパン2007」で世界に挑む。
誰もが、赤き歓喜に酔いしれた。日本の大願を背負った浦和が、ついにアジアの頂点に立った。祝福の紙吹雪が雪のように舞う中、ゲーム主将の鈴木啓太が、銀に輝く優勝杯を夜空に突き上げた。1次リーグから全12戦、不敗のまま勝ち獲った優勝は大会史上初の快挙。立すいの余地なく埋め尽くされた6万サポーターは「We are REDS」の大合唱を繰り返した。
場内が興奮のるつぼと化した前半22分だった。ゴール右45度。永井の右足がうなりをあげた。「思い切り打っただけです」。強烈なシュートは相手GKの腕をはじき飛ばし、大会MVPにも輝いた。「僕でいいんですかね」と笑いが止まらない。控室に戻ると、サポーターから祝福のシャンパンが用意されていたという。最高の美酒になった。
栄光の道のりは険しかった。決勝のピッチに山田暢久主将の姿がなかった。94年から連続出場を続けていた鉄人が、人生初の右ふくらはぎ肉離れで戦線離脱した。実は、山田は夏場から左ひざ骨挫傷に苦しんでいた。10月の精密検査で発覚後も、監督には決して明かさなかった。結果、かばい続けた右足をパンクしたが、悔いはなかった。
チームメートは気づいていた。その山田の執念に。この日、主将を務めた鈴木は「優勝杯はヤマ(山田)にあげてほしかった」と繰り返した。腰痛の阿部が、両足痛の田中達が黙って痛みをこらえた。殊勲の永井もでん部痛と戦っていた。主将の無念を痛いほど感じ、無駄にはしなかった。
敵地では、想像以上の洗礼も浴びた。韓国ではクラクションを鳴らす相手サポーターの車に、宿舎を囲まれた。イラン遠征では1機のチャーター便が故障し、チームと帰国するはずのサポーター135人を中東に残した。だが、翌日に帰国したリーダー格は「これでチームが勝てるならいい」と笑ったという。これにクラブ関係者は涙した。
日本のリーディングクラブとして、ACL自体の権威を高めようと躍起になった。日本代表以上の偵察網を敷き、遠征全体の投資額は1億円超。中村GMは「選手、施設、サポーターもすべてがそろった浦和こそアジアNo・1にふさわしい」と自負する。次なる舞台は12月のトヨタ・クラブW杯。初戦に勝てば世界的な名門ACミラン戦が待つ。浦和とともに日本サッカーの歴史が変わろうとしている。
[ 11月15日 7時5分 更新 ]
これは メッセージ 1 (sampom337 さん)への返信です.
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