訃報 上坂冬子氏 死去
投稿者: ricky_eto 投稿日時: 2009/04/17 17:12 投稿番号: [923 / 3699]
本紙「正論」の執筆メンバーで、近現代史に切り込む著作で知られるノンフィクション作家、上坂冬子(かみさか・ふゆこ、本名・丹羽ヨシコ)さんが14日、東京都内の病院で死去したことが分かった。78歳だった。
昭和5年、東京都に生まれた。名古屋文化学園を卒業後、勤務した自動車会社の労働争議にテーマをとった作品で昭和34年に第1回「思想の科学」新人賞を受賞。その後、戦犯、中国・台湾、北方領土、原発問題など幅広い分野で数々の作品を生んだ。きめ細かな取材と冷静な事実検証に定評があり、菊池寛賞、第9回正論大賞を受賞した。
北方領土ではロシアによる占拠の非を訴え、平成16年、四島の一つ国後(くなしり)島に本籍地を移して自ら返還運動にも参加した。正論の最後の原稿(昨年6月26日付)も、北海道沖でロシア警備艇に銃撃された日本漁船の扱いをめぐる外務省の不手際に苦言を呈するものだった。
最近では、病をおして本紙1面コラム「老いの一喝(いっかつ)」を執筆、その反骨精神に裏打ちされた歯切れのよい社会評論が注目された。3月21日付の「郷愁誘う戦時下の童謡」では「戦時中に歌われていたのを、軍国歌謡として毛ギライする人もあるが、あまりに浅はかで無分別だ。いい歌が多い」と見直しを訴えた。
また、若者の育成のため設けた「産経志塾(しじゅく)」では昨年12月、車いすで講師をつとめ、若い塾生たちを前に、生きるうえでの「志(こころざし)」の大切さを力説した。
毎日は
保守派の論客として知られるノンフィクション作家の上坂冬子(かみさか・ふゆこ<本名・丹羽ヨシ子=にわ・よしこ>)さんが14日死去した。78歳。
東京都生まれ。高校卒業後、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社。59年、職場体験をまとめた「職場の群像」で第1回思想の科学新人賞を受賞して文筆活動に入った。戦争によって深い傷を負いながら埋もれた人たちを丹念に取材し「生体解剖−九州大学医学部事件」(79年)、「巣鴨プリズン13号鉄扉」(81年)、「慶州ナザレ園 忘れられた日本人妻たち」(82年)などのノンフィクションを発表。93年、菊池寛賞を受賞した。
率直な発言で知られ、東京裁判は不公正で戦犯の汚名返上などを主張。「間尺に合わない憲法は廃棄すべきだ」と改憲を訴えた。91年、元従軍慰安婦の韓国人女性が日本政府を相手取って訴訟を起こした際には、法的決着は付いていると反論。また北方領土の四島返還を求め、04年には北方領土の国後島泊村に本籍を移した。夫婦別姓にも反対を表明していた。
昨秋、がんが再発して入院。雑誌「SAPIO」に闘病記を連載中だった。
と書いています
昭和5年、東京都に生まれた。名古屋文化学園を卒業後、勤務した自動車会社の労働争議にテーマをとった作品で昭和34年に第1回「思想の科学」新人賞を受賞。その後、戦犯、中国・台湾、北方領土、原発問題など幅広い分野で数々の作品を生んだ。きめ細かな取材と冷静な事実検証に定評があり、菊池寛賞、第9回正論大賞を受賞した。
北方領土ではロシアによる占拠の非を訴え、平成16年、四島の一つ国後(くなしり)島に本籍地を移して自ら返還運動にも参加した。正論の最後の原稿(昨年6月26日付)も、北海道沖でロシア警備艇に銃撃された日本漁船の扱いをめぐる外務省の不手際に苦言を呈するものだった。
最近では、病をおして本紙1面コラム「老いの一喝(いっかつ)」を執筆、その反骨精神に裏打ちされた歯切れのよい社会評論が注目された。3月21日付の「郷愁誘う戦時下の童謡」では「戦時中に歌われていたのを、軍国歌謡として毛ギライする人もあるが、あまりに浅はかで無分別だ。いい歌が多い」と見直しを訴えた。
また、若者の育成のため設けた「産経志塾(しじゅく)」では昨年12月、車いすで講師をつとめ、若い塾生たちを前に、生きるうえでの「志(こころざし)」の大切さを力説した。
毎日は
保守派の論客として知られるノンフィクション作家の上坂冬子(かみさか・ふゆこ<本名・丹羽ヨシ子=にわ・よしこ>)さんが14日死去した。78歳。
東京都生まれ。高校卒業後、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社。59年、職場体験をまとめた「職場の群像」で第1回思想の科学新人賞を受賞して文筆活動に入った。戦争によって深い傷を負いながら埋もれた人たちを丹念に取材し「生体解剖−九州大学医学部事件」(79年)、「巣鴨プリズン13号鉄扉」(81年)、「慶州ナザレ園 忘れられた日本人妻たち」(82年)などのノンフィクションを発表。93年、菊池寛賞を受賞した。
率直な発言で知られ、東京裁判は不公正で戦犯の汚名返上などを主張。「間尺に合わない憲法は廃棄すべきだ」と改憲を訴えた。91年、元従軍慰安婦の韓国人女性が日本政府を相手取って訴訟を起こした際には、法的決着は付いていると反論。また北方領土の四島返還を求め、04年には北方領土の国後島泊村に本籍を移した。夫婦別姓にも反対を表明していた。
昨秋、がんが再発して入院。雑誌「SAPIO」に闘病記を連載中だった。
と書いています
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/4z9qa4nbffa1a9cf9qmma4ka4da4a4a4f_1/923.html