家畜。 こんなの他の国じゃ絶対にない
投稿者: fun_chon_kusai_kusai 投稿日時: 2004/05/20 17:33 投稿番号: [9549 / 38959]
軍による女子中学生轢死事件と韓国政治の行方
金 未来
2003.1.20 №221
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米軍に殺された女子中学生の追悼デモ
ワールドカップに韓国全体が熱狂のるつぼと化していた二〇〇二年の六月一三日、韓国のギョンギ道で、ミソンとヒョスンという名の二人の韓国人女子中学生が、訓練中であった在韓アメリカ軍第二歩兵師団四四空兵隊所属の装甲車にひかれて死亡した。韓国人が韓国国内で訓練中の軍人、しかも、アメリカ軍によって「殺された」初めての出来事であった。この事件は、当時、ほとんど注目されていなかったが、同年一一月二二日の米軍第八軍事法廷によって下された無罪判決を起点として、その判決に対する大規模な抗議デモが行われ始めた。
抗議の主な内容は、米軍犯罪に対する裁判権委譲や不平等な韓米関係改善を求める、SOFA(韓米地位協定)の改定というものであった。このような全国的な抗議運動に対し、大統領選挙を目前にひかえていた各政党も、この流れに乗っかった形でSOFA改定を訴えることとなった。この事件に抗議する市民たちは、その後も抗議のろうそくデモを行い、最近に至るまで主要都市で抗議デモが行われているのである。
中学生死亡にかかわる、この一連のながれは、単に「人が死んだのに、無罪というのは、けしからん」という単純な感情だけを含むものではない。それはたしかに、表面的には韓国内における韓国人の死亡事件への判決が、アメリカの裁判所からくだされ、しかもその結果が無罪であったということに対する抗議のように見える。しかし実際には、この中学生死亡事件は、大統領選挙と、従来とは異なった方向へ変化しつつあるアメリカに対する認識や、対北朝鮮問題が微妙に絡み合っていると思われる。
つまり、一点目は、この事件が大衆的に共感を得、本格的な抗議行動に発展したのは無罪判決という裁判の結果ではあったが、それに大統領選挙を控えていた各政党が相乗りすることによって、一つの争点になったということがあげられる。二点目に、金大中政権後、変化しつつある南北関係が反映されていることである。SOFAという協約によって象徴される韓米関係は、「冷戦構造の中で作られてきた朝鮮半島状況」を表していた。しかし、今になってSOFA改定が要求される背景には、「太陽政策」によって変化しはじめた新たな対北朝鮮関係に対応する形で、韓米関係を再構築しなければならない、という世論が反映されていると思われるからである。
事件の概要
ソミンとヒョスンは、六月一三日、友達の誕生パーティに参加するために町から六〇〇メートルくらい離れた食堂に向かっていく途中だった。その時、後ろからおそってきた戦術訓練から帰隊中のアメリカ軍の装甲車にひかれて死亡したのである。この事件に対して韓米共同調査団が構成され、事件の発生原因や現場検証などをおこなったが、結局、装甲車を運転していたアメリカ軍人に対する裁判は、アメリカの軍事法廷で行われることとなった。
これに対して韓国政府は、在韓米軍に、裁判権を韓国政府に渡すことを要求したが(どれくらいの強度で要求したのかは疑問である)、公務執行中の事件に対する裁判権を渡した前例がないだけではなく、すでに事件関係者が起訴されているということを根拠として、韓国政府の要求は拒否された。やがて、アメリカ軍事法廷で行われた裁判の結果、無罪が言いわたされた。
この時まで、同事件は、従来から頻発していたアメリカ軍による犯罪と、同じようなレベルで報道されるにとどまっていたのである。
http://www.hansen-jp.com/221kimu.htm
金 未来
2003.1.20 №221
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米軍に殺された女子中学生の追悼デモ
ワールドカップに韓国全体が熱狂のるつぼと化していた二〇〇二年の六月一三日、韓国のギョンギ道で、ミソンとヒョスンという名の二人の韓国人女子中学生が、訓練中であった在韓アメリカ軍第二歩兵師団四四空兵隊所属の装甲車にひかれて死亡した。韓国人が韓国国内で訓練中の軍人、しかも、アメリカ軍によって「殺された」初めての出来事であった。この事件は、当時、ほとんど注目されていなかったが、同年一一月二二日の米軍第八軍事法廷によって下された無罪判決を起点として、その判決に対する大規模な抗議デモが行われ始めた。
抗議の主な内容は、米軍犯罪に対する裁判権委譲や不平等な韓米関係改善を求める、SOFA(韓米地位協定)の改定というものであった。このような全国的な抗議運動に対し、大統領選挙を目前にひかえていた各政党も、この流れに乗っかった形でSOFA改定を訴えることとなった。この事件に抗議する市民たちは、その後も抗議のろうそくデモを行い、最近に至るまで主要都市で抗議デモが行われているのである。
中学生死亡にかかわる、この一連のながれは、単に「人が死んだのに、無罪というのは、けしからん」という単純な感情だけを含むものではない。それはたしかに、表面的には韓国内における韓国人の死亡事件への判決が、アメリカの裁判所からくだされ、しかもその結果が無罪であったということに対する抗議のように見える。しかし実際には、この中学生死亡事件は、大統領選挙と、従来とは異なった方向へ変化しつつあるアメリカに対する認識や、対北朝鮮問題が微妙に絡み合っていると思われる。
つまり、一点目は、この事件が大衆的に共感を得、本格的な抗議行動に発展したのは無罪判決という裁判の結果ではあったが、それに大統領選挙を控えていた各政党が相乗りすることによって、一つの争点になったということがあげられる。二点目に、金大中政権後、変化しつつある南北関係が反映されていることである。SOFAという協約によって象徴される韓米関係は、「冷戦構造の中で作られてきた朝鮮半島状況」を表していた。しかし、今になってSOFA改定が要求される背景には、「太陽政策」によって変化しはじめた新たな対北朝鮮関係に対応する形で、韓米関係を再構築しなければならない、という世論が反映されていると思われるからである。
事件の概要
ソミンとヒョスンは、六月一三日、友達の誕生パーティに参加するために町から六〇〇メートルくらい離れた食堂に向かっていく途中だった。その時、後ろからおそってきた戦術訓練から帰隊中のアメリカ軍の装甲車にひかれて死亡したのである。この事件に対して韓米共同調査団が構成され、事件の発生原因や現場検証などをおこなったが、結局、装甲車を運転していたアメリカ軍人に対する裁判は、アメリカの軍事法廷で行われることとなった。
これに対して韓国政府は、在韓米軍に、裁判権を韓国政府に渡すことを要求したが(どれくらいの強度で要求したのかは疑問である)、公務執行中の事件に対する裁判権を渡した前例がないだけではなく、すでに事件関係者が起訴されているということを根拠として、韓国政府の要求は拒否された。やがて、アメリカ軍事法廷で行われた裁判の結果、無罪が言いわたされた。
この時まで、同事件は、従来から頻発していたアメリカ軍による犯罪と、同じようなレベルで報道されるにとどまっていたのである。
http://www.hansen-jp.com/221kimu.htm
これは メッセージ 9546 (sugyonjp さん)への返信です.