『下駄』は朝鮮では開花と進歩の象徴だった
投稿者: novemcaat 投稿日時: 2004/04/18 22:41 投稿番号: [8282 / 38959]
>日本人は韓国人にチョッパリと言われても、その韓国人には哀れみしか感じません。
『チョッパリ』の起源と言われている(トンづめのような)「下駄」について、
「醜い韓国人」を表した朴泰赫は、次のように述べています。
「子どもたちの中には、幼いのに得意げに高下駄をはいている者もあった。村では、高下駄が格好よい、とみられていた。下駄は日本のもので、高下駄は、開花と進歩の象徴のように映った。時代の精神を現していたのだ。村から都会の高等学校などに進んだ子弟が、休みのときになると、高下駄を履いて、さっそうと帰ってきたものだった。
とくに、丸帽子に高下駄を履き、汚れた学生服にマントをはおって、内地留学(当時は、日本を内地と呼んだ)から帰ってきた高校生は、誰からも羨望の目で見られた。
また、「日本一のパチンコ王」である韓昌祐は、終戦直後に15歳で来日し、下関港に降り立ったときの印象を、次のように回想しています。
「いまだに耳にこびりついている音があるんですわ。下関に降りたら寒くてね。その秋の肌寒い空気の中に、からんからんと下駄の音だけがすごくはっきりと響いていたんです。女の人が着物きて、風呂桶を持って風呂に行くところだったんですね。ああ、外国に来たんだなあと思ってね。ニッポンに来たんだなあ、と。空を見たら、きれいに澄んでいて、そこに下弦の月が出ていたんですわ。見事な下弦の月が皓々と照っていて、そこに下駄の音が鳴っている。どういうわけか、その下駄の音と下弦の月が、強烈に印象に残っているんですよ」。
こういう感性は素晴らしいですね。
これは メッセージ 8278 (root_x34s88 さん)への返信です.
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