日本新車市場、好調なのは軽自動車だけ
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/03/02 16:34 投稿番号: [34136 / 38959]
日本の自動車販売台数が20カ月ぶりに減少に転じた。
日本自動車販売協会連合会(JADA)の1日の発表によると、2月の日本国内の新車販売台数(軽自動車除く)は32万2446台で、前年同月比8.7%減となった。メーカー別ではトヨタの販売台数が9.7%減少し、日産は12%減。
これは、北米市場に対する依存度が高まっている上、新モデルの発表が減ったことによるもの。今年に入り、2カ月間で発表された新モデルは4つにとどまり、昨年同期の6モデルに比べ減っている。
SMBCフレンド証券の松野利彦アナリストは「新モデルを増やすことが販売減少を防ぐ唯一の方法」と指摘した。
一方、原油高により消費者らが燃費性能の良い自動車を選ぶ傾向が強まり、軽自動車の販売は増加した。660cc以下のエンジンを装備した軽自動車の2月の販売台数は18万2670台に上り、昨年同月比0.6%の増加となった。
edaily/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/02/20070302000028.html
日本の堤岩里虐殺隠ぺいを立証する朝鮮軍司令官の日記発見
1919年3.1独立運動後の4月15日、日本憲兵が京畿道華城(キョンギド・ファソン)堤岩里(ジェアムリ)住民28人を集団虐殺した事件を軍首脳部が徹底的に操作・隠ぺいした事実が、当時韓半島に駐屯した日本軍最高指揮官である朝鮮軍司令官の日記で確認された。
当時司令官だった宇都宮太郎大将(1861−1922)は堤岩里虐殺直後の18日付の日記で、「幹部との会議で(住民が)抵抗したため殺りくしたものとし、(日本軍の)虐殺・放火などは認めないことに決め、夜12時に散会した」と記録したと、朝日新聞が28日報じた。
宇都宮は日記に「堤岩里で日本軍が約30人余の住民を教会に閉じ込めて虐殺・放火した」とし「事実を事実として処分すれば簡単だが、虐殺・放火を自認することになり、帝国(日本)の立場は甚しく不利益になる」と記した。
19日付の日記には、虐殺事件に関与した日本軍中尉に対し「鎮圧方法に適当でない点があり、30日間の重謹慎を命ずることに決心した」と書かれている。 問題の中尉に30日間の謹慎処分が下されたと、同紙は明らかにした。
宇都宮は独立運動が始まると、日本政府の武断統治(軍隊や警察などの武力による強圧統治)を批判し、「朝鮮人の怨嗟動揺は自然」と日記で指摘した。 また3.1運動は「キリスト教徒、民族宗教の天道教徒、学生らが主導し、外国人宣教師が後援して蜂起したもので、根が深い」と評価した。しかし抵抗が次第に激しくなると、宇都宮は「もはや姑息な鎮圧手段では到底効果を上げることはできない」とし、朝鮮総督に軍動員の承認を受けて鎮圧に乗り出したと、同紙は伝えた。
その後、宇都宮は‘文化政治’(親日派育成・利用政策)導入を主張し、朝鮮人の民族運動家、宗教指導者らと会い、懐柔作業を繰り広げたことが分かった。 翌年5月には日本陸軍大臣に書簡を送り「今後は朝鮮に日本式の‘府県制’や自治を認める‘自治植民地’を作らなければならない」と提案した事実も明らかになった。
滋賀県立大の姜徳相(カン・ドクサン)名誉教授(朝鮮近・現代史)は「3.1独立運動当時の代表的な流血鎮圧である堤岩里事件の隠ぺい過程と民族運動家に対する日本の懐柔工作記録が明らかになったのは初めて」とし「従来の研究で確認されていない部分を埋める近代史の1級史料だ」と評価した。 宇都宮の日記は孫が保管していたもので、来月以降に岩波書店から刊行される予定だ。
東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員 <luckyman@joongang.co.kr>
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=85039&servcode=400§code=400
日本自動車販売協会連合会(JADA)の1日の発表によると、2月の日本国内の新車販売台数(軽自動車除く)は32万2446台で、前年同月比8.7%減となった。メーカー別ではトヨタの販売台数が9.7%減少し、日産は12%減。
これは、北米市場に対する依存度が高まっている上、新モデルの発表が減ったことによるもの。今年に入り、2カ月間で発表された新モデルは4つにとどまり、昨年同期の6モデルに比べ減っている。
SMBCフレンド証券の松野利彦アナリストは「新モデルを増やすことが販売減少を防ぐ唯一の方法」と指摘した。
一方、原油高により消費者らが燃費性能の良い自動車を選ぶ傾向が強まり、軽自動車の販売は増加した。660cc以下のエンジンを装備した軽自動車の2月の販売台数は18万2670台に上り、昨年同月比0.6%の増加となった。
edaily/朝鮮日報JNS
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/02/20070302000028.html
日本の堤岩里虐殺隠ぺいを立証する朝鮮軍司令官の日記発見
1919年3.1独立運動後の4月15日、日本憲兵が京畿道華城(キョンギド・ファソン)堤岩里(ジェアムリ)住民28人を集団虐殺した事件を軍首脳部が徹底的に操作・隠ぺいした事実が、当時韓半島に駐屯した日本軍最高指揮官である朝鮮軍司令官の日記で確認された。
当時司令官だった宇都宮太郎大将(1861−1922)は堤岩里虐殺直後の18日付の日記で、「幹部との会議で(住民が)抵抗したため殺りくしたものとし、(日本軍の)虐殺・放火などは認めないことに決め、夜12時に散会した」と記録したと、朝日新聞が28日報じた。
宇都宮は日記に「堤岩里で日本軍が約30人余の住民を教会に閉じ込めて虐殺・放火した」とし「事実を事実として処分すれば簡単だが、虐殺・放火を自認することになり、帝国(日本)の立場は甚しく不利益になる」と記した。
19日付の日記には、虐殺事件に関与した日本軍中尉に対し「鎮圧方法に適当でない点があり、30日間の重謹慎を命ずることに決心した」と書かれている。 問題の中尉に30日間の謹慎処分が下されたと、同紙は明らかにした。
宇都宮は独立運動が始まると、日本政府の武断統治(軍隊や警察などの武力による強圧統治)を批判し、「朝鮮人の怨嗟動揺は自然」と日記で指摘した。 また3.1運動は「キリスト教徒、民族宗教の天道教徒、学生らが主導し、外国人宣教師が後援して蜂起したもので、根が深い」と評価した。しかし抵抗が次第に激しくなると、宇都宮は「もはや姑息な鎮圧手段では到底効果を上げることはできない」とし、朝鮮総督に軍動員の承認を受けて鎮圧に乗り出したと、同紙は伝えた。
その後、宇都宮は‘文化政治’(親日派育成・利用政策)導入を主張し、朝鮮人の民族運動家、宗教指導者らと会い、懐柔作業を繰り広げたことが分かった。 翌年5月には日本陸軍大臣に書簡を送り「今後は朝鮮に日本式の‘府県制’や自治を認める‘自治植民地’を作らなければならない」と提案した事実も明らかになった。
滋賀県立大の姜徳相(カン・ドクサン)名誉教授(朝鮮近・現代史)は「3.1独立運動当時の代表的な流血鎮圧である堤岩里事件の隠ぺい過程と民族運動家に対する日本の懐柔工作記録が明らかになったのは初めて」とし「従来の研究で確認されていない部分を埋める近代史の1級史料だ」と評価した。 宇都宮の日記は孫が保管していたもので、来月以降に岩波書店から刊行される予定だ。
東京=金玄基(キム・ヒョンギ)特派員 <luckyman@joongang.co.kr>
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=85039&servcode=400§code=400