↓お前が一番汚いゴミ
投稿者: nannkurunaisa99 投稿日時: 2006/12/04 23:08 投稿番号: [32908 / 38959]
日本が清国に勝ったドサクサにも独立したが、奴隷根性が抜けなくて一人立ちできず、
日本に土下座して、宗主国になってもらった、
下関条約(しものせきじょうやく。日清講和条約(にっしんこうわじょうやく)、馬関条約(ばかんじょうやく)とも言う)は、日清戦争の後に、山口県赤間関市(現在の下関市)で開催された下関講和会議で締結された条約。1895年4月17日締結。日本側全権大使は、伊藤博文と陸奥宗光、清国側全権大使は李鴻章。
なお、赤間関市が市名を「下関市」と改めるのは条約締結の7年後の事であり、当時は赤間関の略称として用いられていた「馬関(ばかん)」にちなんで馬関条約と呼ばれるのが一般的であった。
下関条約を調印した割烹旅館「春帆楼」のちにロシア・ドイツ・フランスによる三国干渉を引き起こした。
この条約によって朝鮮王朝は清の冊封体制から離脱し、大韓帝国となった。その後は日本の影響力が強まった。のち、外交権剥奪、保護国化に至り、1910年には日本に併合された。
現在、朝鮮半島の南北ともに、元々清の冊封国であった事や下関条約について教えていない。
主な内容
第一条
清国は、朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する。
これは メッセージ 32903 (kundaikun さん)への返信です.
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