プロジェクトX「大統領暗殺日米衛星中継」
投稿者: acura95_87 投稿日時: 2004/11/30 20:09 投稿番号: [20808 / 38959]
昭和35年、4年後に東京オリンピック開催が決まった。「オリンピックを成功させ、復興した日本の姿を世界に見せたい」。
戦後15年
アメリカの協力もなく、独自の技術開発でアメリカの1/10のコストで製作した通信設備。
昭和38年11月日本独自の通信基地をついに完成。アメリカに通信衛星の参加を認めさせた。
日本が誇る新幹線とともに、通信技術の胎動時代を紹介。
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第160回
11月30日放送予定
《「衝撃のケネディ暗殺
日米衛星中継」》
世界初のオリンピック生中継を国を挙げての目標となった。
しかしそのころ、大陸間の中継技術はなかった。
考えられる方法は短波を使うことだった。しかし、短波は長距離を飛ぶが、像をのせることはできなかった。
その命運を託されたのはKDDの電波技術者たち。リーダーの宮憲一は、戦時中、レーダー技術の開発に当たった技術者。戦後、自分の技術を平和に役立てたいと夢の技術に挑んだ。
まさにそのころ。昭和36年、アメリカ大統領・ケネディは電波を送受信できる「通信衛星」の打ち上げを発表。ヨーロッパとアメリカを電話や映像で結ぶ計画を発表した。
しかし日本は、技術力が低いとアメリカの構想から外れていた。
KDDの技術者たちは、通信アンテナを独自に建設し、アメリカに技術を認めてもらうしかなかった。しかし、知識も技術もなくプロジェクトは次々に壁にぶち当たった。
衛星からの電波。わずか10兆分の1ワット。アメリカで灯した電球の熱を日本で感じ取るようなものだった。手探りの開発を続けながら、昭和38年11月日本独自の通信基地をついに完成。アメリカに参加を認めさせた。
そして運命の日。昭和38年11月23日。世界初の太平洋横断衛星中継の実験当日。アメリカから日本に送られて来る予定の映像は、衛星中継を祝う日本国民に向けてケネディ大統領のメッセージだった。
しかし、送られてきた映像は、衝撃のニュース・「ケネディ暗殺」だった。
プロジェクトX
第160回
11月30日
「衝撃のケネディ暗殺
日米衛星中継」
http://www.nhk.or.jp/projectx/yokoku/yokoku.html
これは メッセージ 1 (aASAYAN さん)への返信です.
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