太郎さん、その思いや尊し
投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2004/09/18 20:49 投稿番号: [18280 / 38959]
ドロンパ氏の言葉ですべてあらわされていると思いつつ、わたしからも一言。
>日本は大丈夫とおっしゃっていた方がおりましたし、
>私もそう思っているのですが、安穏とするのではなく、
>また日本という居心地のよい場所に安住するのでも
>なく、外に常に向き合って、生きる必要がありますね。
その言葉、おそらくわたしの書き込みかと察して書き込みます。
日本が大丈夫であるという言葉は、決して慢心を許すものではありません。
ある結果に至るまでには、横道にそれてしまうこともままあるのだ、
と言いたかったのです。
その損害というものは短期的には損害であっても、日本人のすごいところは
その損害をただ損害で終わらせることがなかった。
そこから学び、その失敗を乗り越えることで結果それ以前よりも高い位置に
立つことが出来たのだ、と言いたかったのです。
また、それゆえに横道そのものが必要であるともいえます。
成功の連続というものが机上でしかありえないように、現実のさまざまな
困難を経ることで得ていくノウハウというものがある。
一番大切な基礎技術を面倒だから金で買ってしまい、産業の果実だけを得る
という方法は、一見合理的ですし短期的には成功をします。
しかし畢竟だれかのあとを付いていくことしかしえない。
日本人は太郎さんのような憂国の志を持つものがいる限り大丈夫です。
コンビニ前で無為に過ごしている若者でさえ、いざというときには
そんな動きをするはずだと信じています。
それが文化ですから。
意識せずに常識となっている日本人の美徳ですから。
これは メッセージ 18271 (tarou_2004_09 さん)への返信です.
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