>パンツ売りさんも、勇敢な兵士の子孫
投稿者: boreno1 投稿日時: 2004/06/15 00:07 投稿番号: [11647 / 38959]
随分と派手に暴れてくれたみたいですね。
■中国人SHA EIKOUの著書「日本軍は香港で何をしたか」から抜粋
最初の数日間は平穏無事で、日本軍の姿は全く無かった。
ところがある日、突然五、六人の動物のような兵隊が現れ、麻雀をしていた四人の女優を強姦した。
前述の女優は日本軍の馬を管理する男達に暴行されたが、この男達は朝鮮人であった。
(中略)
香港占領期間中、多くの朝鮮人が日本の軍服を着ていたが、一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりも凶暴だった。
この時、民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、殆ど日本人の手先となって悪事を行なった朝鮮人であった。
当時、香港住民は日本軍よりも朝鮮人を激しく憎んだ。
■1923年9月16日、大阪の海軍の通信所の電報
中国各地で傍受された日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が、中国や世界でニュースに取り上げられ、ヨーロッパで反日宣伝の材料になっている。
注意が必要であり、充分な取り調べが必要であると考える。
■映画「戦場に架ける橋」
非常に有名な映画です。
日本では「戦場に架ける橋」の名で上映されました。
この中で、日本軍が捕虜のイギリス人をリンチする話が出てきます。
実は、この収容所でイギリス人をリンチした人間は殆ど「朝鮮人」でした。
しかも「民間人」でした。
戦後148名が罪に問われました。
■日本の登山趣味を持つ医師の述懐から抜粋。
登山では仲間の信頼関係が大切だ。
韓国、フィリピン、日本の3人で風雨の中、登頂する寸前の事だった。
休憩のときAN(安)が韓国人である事を知らないフィリピン人が言った。
「日本の占領下で最も残虐だったのは韓国人だった。赤子を投げて銃剣で差したのも彼らだった。皆がそう信じている。」
一気に遭難しそうになったパーティを必死で支えながら、私は山下将軍の亡霊を見たような心境だった。
その後も各地でこのような話を聞いた。
愛国者であったAN(安)の気持ちが心配だった。
http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_10irohira.html
■PARIS MATCH記者、A・スムラーの著書「日本は誤解されている」から抜粋
※フランスの雑誌「PARIS MATCH」
日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、日本国籍を持っていた朝鮮人だった。
でも敗戦と同時に寝返りました。
■台湾人SAI KONSANの著書「台湾人と日本精神」から抜粋
8月15日から急に横暴になった朝鮮人に嫌がらせされた。
座席に置いた新品の飯盒を朝鮮人に盗まれた。
取り返そうとすると、「お前はなんだ!朝鮮人を侮蔑したな!降りて来い!」と、たちまち数人に囲まれてしまった。
一人と多数・・・勝てない・・・。
「ごめんなさい。私の勘違いでした」と謝り、ピンチを逃れる事しか出来なかった。
それから佐世保に到着するまでの30時間・・・朝鮮人は執拗に私と日本人乗客を苛め続けた。
若い女性がトイレに行こうとすると通路を塞ぎ、「次の駅で窓から降りろ!」と命令し、苛めていた。
朝鮮人の酷すぎる情けない行為を、私は内臓が沸騰するような怒りを感じながら眺めていた。
黙って見ている事しか出来なかったのだ・・・。
(中略)
佐世保のキャンプで私は面白い場面に遭遇した。
あの朝鮮人たちが、「中華民国台湾青年隊」の腕章を着けた我々にお世辞を言いながら擦り寄ってきたのだ!
それは中華民国が連合軍の一員であったからだ。
弱者には傲慢で、強者には媚びる・・・。
そんな朝鮮人の極端な習性を私は目撃したのだった。
一緒に悔し涙を一粒でも流してくれたら、今頃は、随分日本人の見る目も違ったでしょうけど、責任だけ日本に押し付けて、蝙蝠みたいな真似をされると、ちょっと引いちゃいます。
■中国人SHA EIKOUの著書「日本軍は香港で何をしたか」から抜粋
最初の数日間は平穏無事で、日本軍の姿は全く無かった。
ところがある日、突然五、六人の動物のような兵隊が現れ、麻雀をしていた四人の女優を強姦した。
前述の女優は日本軍の馬を管理する男達に暴行されたが、この男達は朝鮮人であった。
(中略)
香港占領期間中、多くの朝鮮人が日本の軍服を着ていたが、一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりも凶暴だった。
この時、民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、殆ど日本人の手先となって悪事を行なった朝鮮人であった。
当時、香港住民は日本軍よりも朝鮮人を激しく憎んだ。
■1923年9月16日、大阪の海軍の通信所の電報
中国各地で傍受された日本国籍を与えられた朝鮮人の道徳の無い行動が、中国や世界でニュースに取り上げられ、ヨーロッパで反日宣伝の材料になっている。
注意が必要であり、充分な取り調べが必要であると考える。
■映画「戦場に架ける橋」
非常に有名な映画です。
日本では「戦場に架ける橋」の名で上映されました。
この中で、日本軍が捕虜のイギリス人をリンチする話が出てきます。
実は、この収容所でイギリス人をリンチした人間は殆ど「朝鮮人」でした。
しかも「民間人」でした。
戦後148名が罪に問われました。
■日本の登山趣味を持つ医師の述懐から抜粋。
登山では仲間の信頼関係が大切だ。
韓国、フィリピン、日本の3人で風雨の中、登頂する寸前の事だった。
休憩のときAN(安)が韓国人である事を知らないフィリピン人が言った。
「日本の占領下で最も残虐だったのは韓国人だった。赤子を投げて銃剣で差したのも彼らだった。皆がそう信じている。」
一気に遭難しそうになったパーティを必死で支えながら、私は山下将軍の亡霊を見たような心境だった。
その後も各地でこのような話を聞いた。
愛国者であったAN(安)の気持ちが心配だった。
http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_10irohira.html
■PARIS MATCH記者、A・スムラーの著書「日本は誤解されている」から抜粋
※フランスの雑誌「PARIS MATCH」
日本人戦犯の責任を軽減するつもりはないが、占領地域で最も嫌われたのは、日本国籍を持っていた朝鮮人だった。
でも敗戦と同時に寝返りました。
■台湾人SAI KONSANの著書「台湾人と日本精神」から抜粋
8月15日から急に横暴になった朝鮮人に嫌がらせされた。
座席に置いた新品の飯盒を朝鮮人に盗まれた。
取り返そうとすると、「お前はなんだ!朝鮮人を侮蔑したな!降りて来い!」と、たちまち数人に囲まれてしまった。
一人と多数・・・勝てない・・・。
「ごめんなさい。私の勘違いでした」と謝り、ピンチを逃れる事しか出来なかった。
それから佐世保に到着するまでの30時間・・・朝鮮人は執拗に私と日本人乗客を苛め続けた。
若い女性がトイレに行こうとすると通路を塞ぎ、「次の駅で窓から降りろ!」と命令し、苛めていた。
朝鮮人の酷すぎる情けない行為を、私は内臓が沸騰するような怒りを感じながら眺めていた。
黙って見ている事しか出来なかったのだ・・・。
(中略)
佐世保のキャンプで私は面白い場面に遭遇した。
あの朝鮮人たちが、「中華民国台湾青年隊」の腕章を着けた我々にお世辞を言いながら擦り寄ってきたのだ!
それは中華民国が連合軍の一員であったからだ。
弱者には傲慢で、強者には媚びる・・・。
そんな朝鮮人の極端な習性を私は目撃したのだった。
一緒に悔し涙を一粒でも流してくれたら、今頃は、随分日本人の見る目も違ったでしょうけど、責任だけ日本に押し付けて、蝙蝠みたいな真似をされると、ちょっと引いちゃいます。
これは メッセージ 11621 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.