韓国の「現代自動車」いよいよ進出!

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パンツ売りよ、反省せよ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/06/14 23:14 投稿番号: [11625 / 38959]
■6.「ぼくは朝鮮人です」■

  光山文博少尉は京都薬学専門学校を卒業し、昭和18年、特
別操縦見習士官を志願し、知覧で6ヶ月の速成教育を受けてパ
イロットとなった。日曜日毎に富屋にやってきたが、無口でど
こか寂しい人柄だったので、トメはなるべく明るく接しようと
した。

  彼は最初から「ぼくは朝鮮人です」と言っていた。元の名を
卓庚鉉と言い、幼い時に父母とともに日本に渡ってきたのだっ
た。当時の日本人の中には朝鮮人に対する差別意識を持った者
も多かったので、トメは光山をよけい大事にしてわが子同様に
可愛がった。

  半年のちに知覧を卒業して、各地の部隊を転々として、行く
先々から「知覧の小母ちゃん、元気ですか」とはがきをよこし
た。その光山が昭和20年5月の初め、「小母ちゃーん」と呼
びながら、富屋に戻ってきた。トメはすぐに事情を察した。そ
の頃に知覧に戻ってくるのは、特攻隊員になった者だ。それか
ら光山は毎日のように入り浸った。

  光山の母親はその前年の暮れになくなっていたという。息子
が日本でばかにされないようにと、必死で働いて学歴をつけさ
せたのであろう。また息子の方も特別操縦見習士官を志願した
のは、立派な軍人姿を母親に見せてやりたかったのだろう。

■7.今生の別れの歌アリラン■

  5月10日の夜、光山は「小母ちゃん、いよいよ明日出撃な
んだ」とボソリと言った。「長いあいだありがとう。小母ちゃ
んのようないい人は見たことがないよ。おれ、ここにいると朝
鮮人ていうことを忘れそうになるんだ。でも、おれは朝鮮人な
んだ。長いあいだ、ほんとうに親身になって世話してもらって
ありがとう。実の親も及ばないほどだった。」

「そんなことないよ。何もしてやれなかったよ」   トメはそっ
と目頭を押さえた。「小母ちゃん、歌を歌ってもいいかな」
「まあ、光山さん、あんたが歌うの」

  孤独な光山が歌を歌う姿は一度も見たことがなかった。光山
はあぐらをかき、涙を隠すためであろう、戦闘帽のひさしをぐ
いと下げて、びっくりするような大きな声で歌い出した。

アーリラン、アーリラン、アーラーリヨ
アーリラン峠を越えていく
わたしを捨てて行くきみは
一里もいけず   足いたむ

  トメも娘たちもこの歌を知っていたので、一緒に歌い出した
が、途中で泣き出してしまった。光山少尉の今生の別れの歌だ
った。それは日本では隠さなければならなかった彼のアイデン
ティティを示す歌だった。明日は出撃し、敵艦に体当たりする。
祖国を守るために。その祖国とは日本ではない。日本と運命を
ともにしていた朝鮮だ。

  昭和18年の朝鮮での特別志願兵の応募者は30万人以上、
採用6300人の50倍近くだった。大戦中は24万2341
人の朝鮮人青年が軍人・軍属として戦い、2万1千余柱が靖国
神社に祭られている。特攻隊員として出撃・散華した朝鮮人軍
人は光山少尉を含め14名である。[2,p463]

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog253.html
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